獲加多支鹵はウェカタシロ(ヱカタシロ)と読む-獲加多支鹵はワカタケルとは読めない-

1. 永年の疑問


稲荷山古墳から発見された金錯銘きんさくめい鉄剣(稲荷山鉄剣)の銘字 [獲加多支鹵] は、定説では "ワカタケル" と読まれて おり、大和朝廷の雄略天皇を指していると言われている

しかし、本当に "ワカタケル" とくんずるべき語なので あろうか

表音上、この訓で問題は無いのか?

万葉仮名の上代特殊仮名遣に適合して いるのか?

稲荷山古墳 金錯銘鉄剣(稲荷山鉄剣) の金象嵌ぞうがん銘文と良く対比される 江田船山古墳 銀錯銘大刀 の銀象嵌銘文 に登場する大王と同人物なのか?

そもそも雄略天皇は "ワカタケル" と称される人物で あったのか?



2. 銘文


埼玉県 稲荷山古墳 から出土した金錯銘鉄剣の金象嵌銘文は以下の通りで ある

a) 銘文 表

辛亥年七月中記 乎獲[註1]居臣[註2]上祖名意冨比垝 其児多加利足尼 其児名弖巳加利獲[註1]居 其児名多加披次獲[註1]居 其児名多沙鬼[註3][註1]居 其児名半弖比

註1:

獲 : 草冠くさかんむりを欠く

註2:

臣 : 定説では 臣 と解されるが、𤽋 の異体字の方が近い
或いは 壴 の省画か
現在使用されている 𤽋 の異体字は 豆

註3:

鬼 : ノ冠のかんむりを欠く


b) 銘文 裏

其児名加差披余 其児名乎獲[註1]居臣[註2] 世々為杖刀人首奉亊来至今 獲[註1]加多支鹵[註4]大王寺在斯鬼[註3]宮時 吾左治天下令作此百練利刀 記吾奉亊根原也

註4:

部首 の中に 字 が埋め込まれているように見える
定説では と解されるが、何故 なのかは良く分からず、或いは 鹵字 では無い可能性も ある
一応、鹵 異体字 は 鹵 の異体字と言う事に なっているらしい
私には 西字 の古形である セイ,セイ も候補として考慮しても良いかと思うので あるが、どうか
西字 の □囲み の上部に かかっている ゴツ は 九 に似ていなくも無い
西字 の異体字としては他にも セイ,𠧜セイ,西 異体字,西 異体字,西 異体字 と言った字も ある
他の候補としては、ヨウ,ヨウ と言った字で あるかも知れない
占 の中に書かれているのは 九字 では無く、爲字 の簡体字で ある 为 かも知れない

獲加多支鹵 の箇所のみを抜き出した分かり易い画像を探したが、中々見付からない
以下は Web で見付けた画像で あるが、Webページが消失していて画像のみ放置された状態となっており、どなたが公開されたのか分からなくなっている

http://stat.ameba.jp/user_images/20100509/06/nanamihantaro/c2/96/j/t02200729_0308102010532982508.jpg
銘文 表

先ず思った事で あるが、採用されている字体が簡略形態で ある (新字体や異体字が使われていると言って良いかも知れない)
これは、鉄剣と言う狭い場所に無理矢理 文字をめ込む様に彫り入れたので、可能な限り画数を少なくしたかったのかも知れない

例えば 富字 は 冨字 に、氐字 は 弖字に、餘字 が 余字 に、事字 が 亊字 に、爲字 は 為字(いや、簡体字の 为字 と言うべきか)、來字 は 来字 が使われている
更に、獲字 のつくり の草冠が省略され、鬼字 のノ冠 も省かれている

そう言えば、三国志 魏志 倭人伝 の卑弥呼の 卑字 も、ノ冠が省略されていたが、それと同じ手法で あるのかも知れない

尤も、兒字 は 児字 が使われて文字の画数は変わらないが、これは兒字の冠の 臼 の部分を剣に書き入れるのが難しく、そのため正字では無い児字の方を採用したと言う事なのかも知れない

ただ、一部旁を省略したとは言え獲字は画数が多く、そのため他字よりも大きな字と なってしまっている
獲字と同じ音の文字は他にも あったかと思われるが、稲荷山鉄剣の記名者は何故この字を採用したのか、良く分からない

獲字で無ければ ならない理由が存したので あろうか? (この理由は重要と思われるので、後に改めて述べる)



3. 獲加多支鹵 の表音


.1 定説の表音


銘文中の銘字で ある 獲加多支鹵 を "ワカタケル" と読んでいるのが、現在の定説で ある
しかし、私は獲加多支鹵はワカタケルとは読めない(訓めない)と判断している

人物比定の対象者は、日本書紀 に 大泊瀬幼武(オホハツセノワカタケ) として登場する 雄略天皇 の事で ある と言う
【日本書紀】 卷第十四 大泊瀬幼武天皇 雄略天皇

撰者 : 舎人親王 等

大泊瀬幼武天皇 雄朝嬬稚子宿禰天皇第五子也
天皇產而神光滿殿 長而伉健過人

との記述が ある

この天皇の諱に ついては非常に重要なので、別考察にて改めて触れる事と する


.2 定説表音の難点


上記に おける定説の表音で あるが、この表音には難点が ある

獲加多支鹵 を "ワカタケル" と読ませている訳で あるが、各字の表音手法が何とも滅茶苦茶なので ある
獲加多支鹵 の各字を 学研新漢和大字典 で引いて見ると、以下の通りと なる

稲荷山鉄剣の表音
銘字 呉音 漢音
ワク クワク(カク)

上記表を まとめると、以下の通りと なる

獲字 は呉音では "ワク"、漢音では "カク"
加字 は呉音では "ケ"、漢音では "カ"
多字 は呉音でも漢音でも "タ"
支字 は呉音でも漢音でも "シ"
鹵字 は呉音なら "ル"、漢音なら "ロ"


"ワカタケル" という訓は先頭字を呉音第二字を漢音第四字は字音を無視して恣意な音末尾字を呉音んでいると言う事で あり、見るからに支離滅裂で ある

いやはや、もう少し客観的に訓もうと言う努力をくさないので あろうか
これでは、始めに結論有りきで無理矢理 雄略天皇に牽強附会しているとしか見えないので ある
これは もう論理から外れた宗教で あり、学問と言える範疇を越えて しまっているとしか言い様が無い

では何と言う宗教か?

私は これを大和朝廷至上主義教と呼称している

これと似た教義を持つ宗派としては、関西説大和教と言うものも ある

この関西説大和教と言う教派に ついては、以下を参照されたい

臺字訓 邪馬臺はヤマトと読めるのか

この大和朝廷至上主義教の諸賢諸識者の方々と言うのは、おの が持つ全知全霊を費やして大和朝廷に属する者に故事付こじつける事に血道を上げる事が、日々の日課で ある らしい
宗教で あるため道理と言うものが完全に通じなく なって しまって おり、すき あらば力技と勢いで物事をじ伏せようと する傾向が あるので、注意が必要で ある

率直に言おう、獲加多支鹵 は "ワカタケル" とは訓めないと言う事なので ある

銘字の表音に ついては、次の難点をかかげたい

表音難点 1

表音手法が統一されて いないと言うのはいちじるしく変で ある


例えば日本書紀では漢音を基本表音と して おり、古事記では呉音を基本表音と している
万葉集は詠み手が東国から九州まで幅広く和歌を採録した ため、これは統一感が無くても仕方が無いが、基本的には ある程度の整合性は持ち合わせているもの なので ある

.3 呉音で訓む


定説の表音は余りに節操が無さ過ぎるので、せめて表音手法位は統一して訓むべきでは無いかと思う

それでは、先ずは 獲加多支鹵 の字音を呉音で訓んで見ると、以下の様に なる

ワク ケ タ シ ル


誰もが気に しながら、何故か誰も口をつぐんで言わない事が ある

そう、先頭の "ワク" の表音が何故二音に渡っているのかと言う事で ある

私は永年これに不自然感をおぼえて しまって いるので あるが、どうして誰もが これを無視しようと するので あろうか
この疑問、何冊か古代史専門家の著書を拝読したが、まともに説明している人が全然いないので ある
まったもって、不思議で ならない

若し字音先頭のみ表音しているので あれば、

ワ ケ タ シ ル


と言う表音に なるが、その前に獲字 を ワ と表音して ワク と表音しない理由が明らかに ならない限り、どうしても承服致し兼ねる ので ある

ここでは、以下の難点を掲げる

表音難点 2

一字で複数音を発すべき漢字の字音を、恣意的に一部のみを抽出ちゅうしゅつ して訓むのは変で ある


で あれば 獲字 は全音を採用して ワク と訓ずれば良いのかと言えば、実は これも難点が ある

獲加多支鹵 が ワクケタシル で あれば、何故 ワ と ク を別字に分けて表音して いないのかと言う小学生にも突っ込まれそうな指摘に対して、納得出来る説明を行いにくい ので ある

呉音で ワ と表音する字は、以下の様な ものが ある

呉音ワ
禾 和 倭


特に日本人には 倭 や 和 と言った字は馴染(なじ) みが あり、古代人も真っ先に これらを採用する事を思い付くで あろう
また、呉音で ク と表音する字は、以下の様な ものが ある

呉音ク
久 句 區(区)


と言う事で、若し ワクケタシル と言う名称を漢字で表したいので あれば、一例として

和久加多支鹵


と言った表記に なるのでは無いかと思う

しかし銘字には そう書き入れられては いないので、どうやら ワクケタシル と言う訓は成立しない様で ある

と言う事で、ここでは次の難点を掲げる

表音難点 3

表音を一字ずつ分解して表記出来るので あれば一字ごとに分解して表記すれば良く、一字で複数音を発すると言うのは変で ある


更に言えば、"ワカタケル" と言った名称を呉音で表記したい場合は、一例として

和呵多家鹵


と言った表記が考えられるが、ワ と言う音を表したいので あれば、画数が多くて鉄剣には書き入れにくい 獲字 を敢えて使う必要など、更々無いので ある
この点も、表音上の難点として挙げる事が出来る

表音難点 4

呉音で ワ と言う字音を持つ漢字は幾つも あるので、敢えて 獲字 を用いるのは余りに不自然で ある


上記 難点 4 は、以下の事を示唆しているものと思われる

表音難点 5

画数が多く鉄剣の銘字には書き入れにくい 獲字 が用いられている以上、どうしても 獲字 で無ければ ならない理由が あった ものと思われる


いずれに しても、獲加多支鹵 を呉音で訓むのは無理が あると言えよう


.4 漢音で訓む


獲加多支鹵 を呉音で訓まんとするこころみは水泡すいほうして しまった

それでは、次に 獲加多支鹵 の字音を漢音で訓んで見ると今度は以下の様に なる

カク カ タ シ ロ


呉音で読んだ時と同様で あるが、先頭の "カク" に不自然感が あり、変と言うべきで あろう
結局この表音手法も、以下の難点を解消出来ていないので ある

表音難点 3

表音を一字ずつ分解して表記出来るので あれば一字毎に分解して表記すれば良く、一字で複数音を発すると言うのは変で ある


"カク" を分解して表記するすると なると、カ 音は既に 加字 が使われているので これを利用すれば良い

漢音で ク と表音する字は、以下の様な ものが ある

漢音ク
句 矩 區(区)


と言う事で、若し カクカタシロ と言う名称を漢字で表したいので あれば、一例として

加句加多支鹵


と言った表記が挙げられる
しかし、当然ながら銘字には そう書かれては いないので、カクカタシロ と言う訓も成立しない事に なる

また、字音先頭のみを表音しているのかも知れないが、その場合は以下の通りと なる

カ カ タ シ ロ


ただし、カ を表音したいので あれば 加字 を重ねて

加加多支鹵


と書けば良いだけの事で ある

また、これも以下の表音上の難点を解消し得ていない

表音難点 2

一字で複数音を発すべき漢字の字音を、恣意的に一部のみを抽出して訓むのは変で ある


そして、これは漢音での表音にも言える事で あるが、

表音難点 6

漢音で カ や ク と言う字音を持つ漢字は幾つも あるので、敢えて 獲字 を用いるのは余りに不自然で ある

表音難点 5

画数が多く鉄剣の銘字には書き入れにくい 獲字 が用いられている以上、どうしても 獲字 で無ければ ならない理由が あった ものと思われる


と言う難点が解消しない

ついでに書くが、"ワカタケル" と言った名称を漢音で表記する事は、恐らく不可能で ある
何故なら、漢音には ケ の表音に用いる漢字が、私の知る限り存在しない ので ある

と言う訳で、獲加多支鹵 を漢音で訓む事にも無理が あると言える
更に言えば、"ワカタケル" を漢音で表記する事は不可能なので、もし仮に 獲加多支鹵 を漢音で訓むのが正しいと言う見解が確定した時点(まぁ確定しないと思うが)で、定説で ある "獲加多支鹵 = ワカタケル" と言う読解は崩壊する事に なる

これで、獲加多支鹵 は呉音でも漢音でも訓めないと言う事が判明して しまった

それでは、獲加多支鹵 の表音手法は他には無いので あろうか?

いや、ある

銘字を万葉仮名で訓むと言う手法で ある


.5 万葉仮名で訓む


それでは、稲荷山鉄剣の銘字を万葉仮名(上代特殊仮名遣) として訓むと どうなるか?

結果を言って しまおう、訓めないのである
と言うのも、字 と 字 は万葉仮名として使用されて おらず、表音不能の漢字なので ある

# 正確に書くと、獲字 は訓読み で使われているので あって音読み では使われていない

つまり、獲字 と 鹵字 は万葉仮名では表音文字では無いので ある

万葉仮名の一覧は、以下が分かり易いと思う

音読み・訓読みを問はず、とにかく一字一音の漢字一覧
http://www1.kcn.ne.jp/~uehiro08/contents/kana/1ran.htm

# 現在は URI が消失しているらしい


一応 獲字 と 鹵字 以外にも触れて おくが、支字 は キ音甲類 で使用されている実績が あるが、ケ の音には該当しない様に見える

獲字 は 該当する表音無し
加字 は "カ"
多字 は "タ"
支字 は "キ甲類"
鹵字 は 該当する表音無し


何とも惨憺たる有様ありさまで ある

と言う訳で、銘字を万葉仮名で訓むと言う手法も、失敗して しまった

実は この結果は、非常にまずいのでは無いかと思うのであるが、どうで あろうか
と言うのも、大和朝廷内に おける上代日本語の漢字を利用した表音体系は万葉仮名に よる上代仮名遣い で あったと言う事、これはほとんど誤り無いと考えられる
若し この 獲加多支鹵 記銘鉄剣の被葬者が大和朝廷との従属関係に あるならば、大和朝廷側での表音体系の影響を受けていて然るべきでは無いかと思うので あるが、どうで あろうか

つまり、獲加多支鹵 が万葉仮名で訓めないと言う事は畢竟ひっきょう、大和朝廷と埼玉古墳群被葬者には文化面での交流は余り無かったのでは無いかと言う推測が生じてしまう ので ある

いずれに せよ、これで呉音でも訓めず漢音でも訓めず その上万葉仮名でも訓めない事が判明して しまった

それでは、稲荷山鉄剣の銘字は、どの様な手法で訓めば良いので あろうか



4. 銘文を中古音で訓む


.1 獲加多支鹵 を中古音で訓む


銘字表音の最後の手段、それは漢語の中古音で訓むと言う手法で ある

中古音と言うのは当時の東アジア世界の標準語に近い表音で あり、日本の歴史学者は何故この手法を採用しなかったのか、良く分からない
この手法が ある事を本当に知らなかったのか、それとも何かしらの理由で故意に目を背けて来たので あろうか

さて、獲加多支鹵 の字音を中古音で訓むと、以下の様に なる

# なお、中古音の発音として片仮名表記を副えて いるが、これは大学の教授や学長として教鞭を取って歴史を教えている大和朝廷至上主義教のエライ先生が唱えている発音と言う訳では無い

# あくまで私個人が 学研 新漢和大字典 を引いた上で、個人的に正しいと考えた発音を記していると言う事で ある


稲荷山鉄剣銘字の表音 - 中古音
銘字 呉音 漢音 万葉仮名 中古音
ワク クワク(カク) 万葉仮名として使用されていない ɦuɛk(ゥェ(ック))
kă(カ)
ta(タ)
キ甲類 tʃɪĕ(シ? チ?)
万葉仮名として使用されていない lo(ロ)

さて、上記表音で あるが、非常に難しい
中古音の発音が どう言うものかが未分明な所も あり、呉音漢音万葉仮名の様に単純に表音し切れないからで ある

表音上の難点の中心と なっている 獲字 で あるが、この漢字の発音は以下の通りと なる

ɦuɛk


獲字の 字音の前半部分、ɦuɛ と言う発音は、或いは二重母音と呼ばれるもの なのかも知れない
加えて言うと、この音は現在の日本語では既に消失して しまっており、現代日本人には もう発音不可能と なっている可能性も ある
想定される発音はワ行音の四段目、ウェ と なるのでは無いかと考えている

この 獲字 の発音 ɦuɛk を片仮名で表すのは かなり難しいと思われるが、それでも誤りを恐れず敢えて表記すると、以下の様に なるかと思う

ウェ(ック)


ɦuɛk の後半の k つまり (ック) で あるが、これは発音するか どうかと言う微妙な表音で あろう
この字に後続する漢字次第で、発音したり発音しなかったりと状況次第で表音が異なって来るのでは無いかと思われる

となれば 獲字 の後に続く銘字もあわせて考慮する必要が あるが、獲加多支鹵 の各字の発音を繋げると、以下の様に なる

ɦuɛk kă ta tʃɪĕ lo


この表音を分かり易くアルファベット表記を行うと、以下の様に なる

# ただし この表記は正確では無い可能性も多分に ある


wuekkatashilo 若しくは wuekkatachilo


アルファベット表記を倭語として読解するのは少々難しいと思うが、それでも尚 倭語で表音すると、

# 繰り返すが、私が誤解ないし語釈している可能性も多分に ある事を ご承知いただきたい


ウェッカタシロ(ヱッカタシロ) 若しくは ウェッカタチロ(ヱッカタチロ)


片仮名は平仮名で書く所のに当たり、発音はワ行音の四段目ウェと なると思う

獲加 は wuekka と k が連続するので、ウェ(ック)ックの発音部分が有効と なり、ウェ の後に ック と小さい ツ促音便そくおんびんが入ると言う、凄まじく特殊な発音を要求される事に なる
そして kka と 母音の ア が添えられるため、これでヱッカと発音される事に なる

なお、この促音自体は一字音よりも短い表音と見て良いと思われるので、音は半音位で収めても良いかも知れない
片仮名表記では難しいが、これも敢えて書くと すれば以下の様に なる

ウェカタシロ(ヱカタシロ) 若しくは ウェカタチロ(ヱカタチロ)


さて、ここで上記に挙げた表音上の幾つもの難点が、中古音と言う手法を採用する事に よって解消するものか どうかを確かめて おきたい

と言う事で、

表音難点 4

呉音で ワ と言う字音を持つ漢字は幾つも あるので、敢えて 獲字 を用いるのは余りに不自然で ある

表音難点 6

漢音で カ や ク と言う字音を持つ漢字は幾つも あるので、敢えて 獲字 を用いるのは余りに不自然で ある


獲字 を中古音で訓むと なれば、こちらの難点は無関係と言う事に なる

表音難点 1

表音手法が統一されて いないと言うのは著しく変で ある


銘字を全て中古音で訓むので あれば、この難点は解消される

表音難点 2

一字で複数音を発すべき漢字の字音を、恣意的に一部のみを抽出して訓むのは変で ある


獲字 の中古音での発音を全て表音しているので、この難点も解消される

表音難点 3

表音を一字ずつ分解して表記出来るので あれば一字毎に分解して表記すれば良く、一字で複数音を発すると言うのは変で ある


獲字 の中古音は二重母音と思われるので、二字に分ける事は不可分なので ある
よって、この難点も解消される

表音難点 5

画数が多く鉄剣の銘字には書き入れにくい 獲字 が用いられている以上、どうしても 獲字 で無ければ ならない理由が あった ものと思われる


ウェ(ック) と言う特殊な発音を表音する必要が あったので、む無く 獲字 と言う鉄剣には余り使用したくない漢字を使用するしか無かったと言う事に なる

これで、獲字 を中古音で訓む事に より表音上の全ての難点が解消される事が分かる

ヱッ の後の銘字で あるが、発音に忠実に従うので あれば カタチロ と発音するのが正しいのかも知れないが、カタチロ と言う表音は日本語として やや落ち着かない感が ある

カタシロ で あれば、かたしろ形代かたしろ と言う漢字を当てると語彙として非常に通意するものと思われるので、日本語として妥当で あろう
これは何と なれば、日本語として訓むので あれば後者の ヱッカタシロ と言う表音を採用したくなる

では、ヱッカタシロ とは何で あろうか?

上記で触れた通り、もしかしたら現代日本語では既に消失した語彙で あるのかも知れない
しかし それでも敢えて関連が ありそうな倭語は無いものかと調べて見ると、以下の様な語彙が見付かった


1) 下北弁 うぇっか


青森県 下北半島の方言を、下北弁 と言う らしい
この方言には、うぇっか と言う言葉が ある そうで ある

この語の意味で あるが、上の方 と言う事を示すと言う

うぇっかとは - 下北弁 Weblio辞書

敢えて漢字を当てると したら、うえ(處) と言う所で あろうか


2) 沖縄方言 ウェーカタ


沖縄方言には、親方(ウェーカタ) と言う語が あると言う
どうも琉球王国の称号の一つらしいが、ウェー は親と言う事で良いので あろうか

ウェーカタ(うぇーかた) とは - 沖縄方言辞典 あじまぁ


3) ワ行下二段活用動詞 獲(wu) の連用形促音便化


実は日本書紀にも 獲字 は登場している
字数を勘定すると言う何とも辛気臭い事を した所、何と 64個も あった

# これは私が個人的に数えた数と言う事なので、実は正確では ないかも知れない

以下に一例を挙げておく
【日本書紀】 卷第一 神代上

伊弉諾尊,伊弉冉尊 立於天浮橋之上 共計曰

底下豈無國歟

廼以天之瓊瓊 玉也 此云努矛 指下而探之 是滄溟
其矛鋒滴瀝之潮 凝成一嶋 名之曰磤馭慮嶋
二神於是降居彼嶋 因欲共爲夫婦產生洲國
便以磤馭慮嶋爲國中之柱柱 此云美簸旨邏而陽神左旋 陰神右旋 分巡國柱 同會一面
時陰神先唱曰

憙哉 遇可美少男焉少男 此云烏等孤

陽神不悅曰

吾是男子 理當先唱
如何婦人反先言乎
事既不祥 宜以改旋

於是二神却更相遇 是行也陽神先唱曰

憙哉 遇可美少女焉少女 此云烏等咩

因問陰神曰

汝身 有何成耶

對曰

吾身有一雌元之處

陽神曰

吾身亦有雄元之處
思欲以吾身元處合汝身之元處

於是陰陽始遘合爲夫婦

既に万葉仮名の箇所で述べているが、日本書紀では 獲字 を表音文字として利用して いない
これが何故で あるのかは皆目 分からない
どうやら、日本書紀の編者は 獲字 を る と言う動詞として使用している様に見受けられる

これは実は かなり大きな問題なのでは無いかと思うのであるが、少なくとも日本書紀は 獲字 を ワ と訓んでいない
つまり、日本書紀は 獲字 を ワ とは訓ないと証言している事に なる

ただし、稲荷山鉄剣は日本書紀編纂よりも時代が古いため、或いは ア行下二段活用動詞 の の古形が遺存していたのかも知れない
当時の関東では 獲 の古い表音として 獲(wu) が利用されて いたと すれば、想定される活用形は以下の通りと なろう

獲(wu) 下二段活用
語幹 未然形 連用形 終止形 連体形 已然形 命令形
獲(wu) ぅる ぅれ ゑよ

上記の連用形、若しくは未然形が更に何らかの理由で促音便化したものが、ヱッ と言う発音として使用されていたと言う案で ある
勿論、現代に おける日本語古語の枠組みを越えて しまっている考えで ある事は承知しているが、抑々そもそも大昔の関東地方では どの様な言葉が使用されていたの すら判明していないので あるから、それを後代の古語の範疇でとらえ切れるか と言うと誰にも答えられないのでは無いか、とも思うので ある


4) 獲字はヱでは無いのか


なお、上記は 獲字の ɦuɛ が ヱ で あると言う前提で論じているが、これで正しいか どうかは、現代では もう分からないかも知れない
もしかしたら、ヱ とは全然別の発音を行っていたのでは無いか とも思っている

私見では上記の ɦuɛ = ヱ とは別に一案が あり、それは古代の東国、特に関東地方では未だ ウ と エ(ヱ) の表音が未分明の状態で あったのでは無いか とも考えている
具体的には、ウエ(ウヱ) 若しくは ウヘ と言う発音の基に なった(かも知れない)発音で、後代に なって ウ と エ(ヱ) 或いは ヘ と言う二音に分化(分裂?)したと言う可能性も ある

この場合、倭語としては うゑ(處)しろ と言った語を想起する事が可能で あろう


5) ヱカタシロで あれば


方言等幾つか語の候補を挙げたが、結局どう言った字を当てる語なので あろうか

上記で ヱカタシロ かも知れないと書いたが、その場合 ヱ は,, と言った字を当てる事が出来る
この場合、恵潟代 や 恵方城、衛堅城 に 廻潟代 と言った語が想定される
恵方と言えば食べ物の恵方巻が自然と思い浮かぶが、吉祥の方位と言う意味で あれば充分比定候補として考慮しても良いかと思う

他に考慮すべきは、獲字 が上(うえ,うへ) や親(ウェ) と言った語に当たるのでは無いかと言う事で あろうか
となると想起される倭語としては、うへかたしろウェかたしろと言ったもので あろう

発音から すれば ヱカタチロ が正しいのかも知れないが、チ と言う音は関東に おける シ 音の古形で ある可能性も考えられる

上堅城で あれば、特に説明は不要で あろう
補足すると、上と言うのは稲荷山鉄剣が出土した 埼玉古墳群の方位上の北と言う事か、若しくは埼玉古墳群 のぐ近くを流れる利根川の上流と言う事で あろう

埼玉古墳群は利根川が偶然近くに あったと言う事では無く、利根川と荒川の間に あり、大河の河川流通を制するために敢えて埼玉古墳群の被葬者達が拠点を構えたものと解すべきで あろう
埼玉県の地図を見れば一目瞭然で あるが、埼玉は群馬県と栃木県に隣接した地域で ある
古代に あっては群馬と栃木を併せて毛野国けぬのくに,けののくにと言う呼称が あったので、この倭語が正しければ 獲加多支鹵大王(上堅城大王) とは 毛野国 の王者では無いかと思われる

また、親形代の親は、拡大解釈が許されるので あれば、これは単に父母の事では無く父祖と言う意で あるかも知れない
更に言えば、父祖は更に遠く先祖と言う範疇で考えが及んでいるのかも知れない

そうすると、親形代と言う語は、先祖の御魂みたま宿やどした今上きんじょうの王者と言う事を意味しているのかも知れない


.2 他の銘字を中古音で訓む


獲加多支鹵 の表音に ついては既述の通りで あるが、獲加多支鹵 以外の銘字は、未だ表音を明らかに しては いない
と言う訳で、ここで稲荷山鉄剣の銘文全体を中古音で訓むと どうなるか、こころみるのも一興で あろう

銘文に ある 乎獲居 以下の各字の表音は以下の通り

# 既に上で注意書きとして記しているが、各銘字の中古音の発音は私個人が 学研 新漢和大字典 を引いた上で、個人的に正しいと思われる発音を記している

# 中古音以外にも、一応他の表音手法を併記している


稲荷山鉄剣銘文の表音
銘字 呉音 漢音 万葉仮名 中古音
オ(ヲ),ゴ ɦo(ヲ)
キョ ケ(乙類),コ(乙類) kɪo(キォ)
[註1] ジン シン み甲類[註2] ʒɪĕn(ジエン)
[註1] ズ(ヅ) トウ ツ,ヅ dəu(ドゥ)
・ɪəi(イ)
冨(富)[註3] フウ フ,ホ pɪəu(ピゥ)
ヒ(甲類) pii(ピィ)
キ(クヰ) キ(クヰ) 万葉仮名として使用されていない kɪuĕ(キ)
lɪi(リ)
ソク ショク 万葉仮名として使用されていない tsiok(シォク)
ニ,ネイ ジ(ヂ),デイ ニ,ネ,ヂ ṇɪi(ṇḍɪi) (ニィ,ニドュィ), nei(ndei) (ネイ,ネドュイ)
弖(氐)[註4] タイ テイ tei(テイ)
万葉仮名として使用されていない ziei(ジ)
万葉仮名として使用されていない pʻɪĕ(ピ)
tʻsii(シィ)
シャ ṣă(サ)
[註5] kɪuəi(キ)
ハン ハン puan(プァン)
シャ,シ,セ サ,シ,サイ ṭṣʻă,ṭṣʻïĕ,ṭṣʻăi(シャ,シィ,サイ)
ヨ(乙類) yio(ィォ)
ziei(ジ)
siĕ(シ)
ク,クウ キュウ 万葉仮名として使用されていない kiuŋ(キゥン)

註1:

# 臣字 は 豆字 と見做すが正しいと思われるので、豆字 の表音も挙げる

註2:

# 借訓の万葉仮名と思われる

註3:

# 冨字 は万葉仮名では使用されておらず、正字で ある 富字 の表音を採用する

註4:

# 弖字 は万葉仮名では使用されているが、氐字 の異体字で あるため正字で ある 氐字 の表音を採用する

註5:

# 鬼字 は万葉仮名では マ 音として使用されているが、これは 魔 字の省画しょうかくとして通用されているものと思われる


乎獲居 の表音は以下の通り

ɦo ɦuɛk kɪo
ヲ ゥェ(ック) キォ


と なるので、倭語では

ヲ ヱッ キョ


と なるかと思うが、或いは 居字 は キョ では無く キヨ(=清?) 若しくは キオ(=木尾?) で あるかも知れない
となると、

ヲ ヱッ キヨ, ヲ ヱッ キオ

と言う倭語に なるで あろうか
ただし、どの表音も何を示しているのかは良く分からない
こちらも、そして以降の各語も、既に消失して しまった語彙で ある可能性は ある

乎獲居臣 では無く 乎獲居豆 で あれば、その表音は以下の通り

ɦo ɦuɛk kɪo dəu
ヲ ゥェ(ック) キォ ドゥ


と なるので、倭語では

ヲ ヱッ キョ ド, ヲ ヱッ キヨ ド, ヲ ヱッ キオ ド,
ヲ ヱッ キョ ヅ, ヲ ヱッ キヨ ヅ, ヲ ヱッ キオ ヅ


と言う倭語に なるで あろうか

意冨比垝 の表音は以下の通り

・ɪəi pɪəu pii kɪuĕ
イ ピゥ ピィ キ


ピゥ と ピィ の区別が良く分からないが、或いは倭語では以下の表記が妥当かも知れない

イ プ ピ キ


多加利足尼 の表音は以下の通り

ta kă lɪi tsiok ṇɪi
タ カ リ シォク ニィ


これは倭語では、以下かと思われる

タ カ リ ソク ニ


もっとも、ソク で あれば二字に分けるべき とも思える
故に ソク では無く ショク なのかも知れない

弖巳加利獲居 の表音は以下の通り

tei ziei kă lɪi ɦuɛk kɪo
テイ ジ カ リ ゥェ(ック) キォ


倭語では、以下かと思われる

テ ジ カ リ ヱッ キョ, テ ジ カ リ ヱッ キヨ


多加披次獲居 の表音は以下の通り

ta kă pʻɪĕ tʻsii ɦuɛk kɪo
タ カ ピ シィ ゥェ(ック) キォ


倭語では、以下かと思われる

タ カ ピ シ ヱッ キョ, タ カ ピ シ ヱッ キヨ


多沙鬼獲居 の表音は以下の通り

ta ṣă kɪuəi ɦuɛk kɪo
タ サ キ ゥェ(ック) キォ


倭語では、以下かと思われる

タ サ キ ヱッ キョ, タ サ キ ヱッ キヨ


鬼字は或いは他の字、例えば 魔字(mua,mbua) の省画で ある可能性も あろう
現に万葉仮名では、鬼字 を何故か マ と訓んでいる
となると、倭語では以下で ある かも知れない

タ サ マ ヱッ キョ


半弖比 の表音は以下の通り

puan tei pii
プァン テイ ピィ


倭語では、以下かと思われる

パン テ ピ


加差披余 の表音は以下の通り

kă ṭṣʻă pʻɪĕ yio
カ シャ ピ ィォ


倭語では、以下かと思われる

カ サ ピ ヨ


獲加多支鹵大王寺 の表音は以下の通り

ɦuɛk kă ta tʃɪĕ lo 大王 ziei
ヱッ カ タ チ ロ 大王 ジ


は 獲加多支鹵大王 の名(いみな) では無いかと思われる

これに ついては、以下を参照して いただきたい

獲加多支鹵大王の諱は寺

斯鬼宮 の表音は以下の通り

siĕ kɪuəi kiuŋ
シ キ キゥン


倭語では、以下かと思われるが、流石に 宮字 は音読みでは無く訓読みで あろうか

シ キ キュウ


鬼字は上記同様、魔字 の省画も疑われる
となると、倭語では以下で ある かも知れない

シ マ キュウ


若し これが正しいと すれば、獲加多支鹵大王 の居所は シキ(斯鬼)宮 では無く シマ(斯魔)宮 と言う事に なる
尤も、マ を表音したいので あれば 麻(mă(mbă)字 等の他字を用いる可能性の方が高いので、やはり 斯魔宮 の余地は低いかも知れない

本題から外れるが、獲居 = 獲支 等と言う不可思議な主張を行っている者が いる
例えば以下の通りで あるが、
【吉備の古代史 王国の盛衰】 P.35

著者 : 門脇 禎二

なお、わけは、『魏志』倭人伝のワケ(獲支)や行田市稲荷山古墳出土の鉄剣の銘のワケ(獲居)のように、がんらいは地方豪族の称であったものが、大和王権による地方豪族の系譜の整理が一定の段階に達した五~六世紀に、天皇の分身とか皇子の分封の意をこめた画一的な称号としての「別」が形成されたとみられている(平野邦雄『大化前代政治過程の研究』一一三─一一六頁)。

魏志倭人伝 には 獲支 と言う名称が記録されている訳では無く、以下の通り 弥馬獲支 と言う四字の語で ある
【三國志】 卷三十 魏志 烏丸鮮卑東夷傳 第三十 倭人傳

撰者 : 西晉(晋)朝 陳壽(寿)

南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日 陸行一月 官有伊支馬 次曰彌馬升 次曰彌馬獲支 次曰奴佳鞮 可七萬餘戸

どうも門脇氏もしくは平野氏は自身の主張に都合が良い様に勝手に切り取っているので あるが、明らかに行き過ぎ で あろう
また、三世紀の漢語を どの様に表音すべきかは議論の余地が ある訳で、さも 弥馬獲支 が みまわけ と訓む事が確定して いる かのごとき物言い は如何いかがな もので あろうか

倭人伝の表音に ついては以下にて論じているが、

魏志倭人伝の表音は上古音か

私が妥当と思われる漢語の上古音と中古音の表音を以下の様な表に まとめているので あるが、

魏志倭人伝の表音
名称 上古音 中古音 一般的な日本語表音
弥馬獲支 miĕr-măg-ɦuăk-kieg(ミェマゥァッキェ) miĕ-mă(mbă)-ɦuɛk-tʃɪĕ(ミェマゥェシェ,ミェマゥェチェ) みまかくき

表音が難しいが、上古音では ミマワキ が妥当で あり、中古音では ミマヱシ(ミマウェシ) かと思う
ミマワケ では無い

獲居 は上記で ヱッキョ,ヱッキヨ と書いた通りで、ワケ とは訓めないと思う
獲支 は ワキ もしくは ヱシ と思われるので、これも ワケ とは訓めない
故に 獲居 = 獲支 説は成立しないものと思われる


.3 銘文読解


銘字の表音を明らかに したので、ここで試みに銘文を読解して みたい

a) 銘文 表


銘文は改行も句読点も無いため、文章の区切り毎に改行した

辛亥年七月中記
乎獲居臣(豆)上祖名意冨比垝
其児多加利足尼
其児名弖巳加利獲居
其児名多加披次獲居
其児名多沙鬼獲居
其児名半弖比

読み下す程では無いが、一応示すと以下の通り

辛亥年(471年か?) 七月中記す
乎獲居(ヲヱッキョ,ヲヱッキヨ)臣の上祖の名は意冨比垝(イプピキ)

# 乎獲居豆(ヲヱッキョヅ,ヲヱッキヨヅ)の上祖の名は意冨比垝

其の児 多加利足尼(タカリソクニ,タカリショクニ)
其の児 名は弖巳加利獲居(テジカリヱッキョ,テジカリヱッキヨ)
其の児 名は多加披次獲居(タカピシヱッキョ,タカピシヱッキヨ)
其の児 名は多沙鬼獲居(タサキヱッキョ,タサキヱッキヨ 若しくは タサマヱッキョ,タサマヱッキヨ)
其の児 名は半弖比(パンテピ)

b) 銘文 裏

其児名加差披余
其児名乎獲居臣(豆) 世々為杖刀人首奉亊来至今
獲加多支鹵大王寺在斯鬼宮時 吾左治天下
令作此百練利刀 記吾奉亊根原也

銘文の裏も読み下す程では無いが、こちらも一応示す

其の児 名は加差披余(カサピヨ)
其の児 名は乎獲居臣 世々杖刀人の首とりて奉事しきたりて今に至る

# 其の児 名は乎獲居豆 世々杖刀人の首と為りて奉事し来りて今に至る

獲加多支鹵大王寺(ヱッカタシロ大王ジ) 斯鬼(/斯魔)(シキ/シマ)宮に在る時 吾天下を左治
此の百錬利刀を作らしめて 吾が奉事の根原を記す

大和朝廷至上主義教の方達は、これを誇張やら何やらと適当な事を主張する傾向が あるが、それらの害毒に惑わされずに読解すると、以下の通りと なる

辛亥年(471年=倭王興の時代か) 七月、鉄剣に銘字を記銘せしめた
乎獲居臣(豆)の遠祖の名は意冨比垝
子は 多加利足尼
その子の名は 弖巳加利獲居
子の名は 多加披次獲居
子の名は 多沙鬼獲居
子の名は 半弖比
子の名は 加差披余
子の名は 乎獲居臣(豆)
(意冨比垝 から 乎獲居臣(豆) まで) 代々 杖刀人の長を補任ぶにんされ続けて現在に至る
獲加多支鹵大王寺 が 斯鬼(/斯魔)宮 を居所と していた時に、自分(=乎獲居臣(豆)か)が国事を総攬そうらん した
(総攬した栄誉を後世に残すため)百錬利刀を鍛造鍛冶させて、先祖から自分まで続いている補任の栄誉と父祖先祖の名を記す

自然に読めば、鉄剣に銘文を記銘させた者が 乎獲居臣(豆) で あり、意冨比垝 から 乎獲居臣(豆) まで杖刀人の長を継続して務めていた事に なる

しかしながら、世の中には 乎獲居臣(豆) が被葬者では無く、鉄剣は誰か別の者に下賜されて、その鉄剣拝領者が稲荷山古墳の被葬者で あると言う輩も いるもので、困ったもので ある
杖刀人首 も 乎獲居臣(豆) 自身のみ若しくは その近親者のみと考えていたり する者も いる様で あるが、世々 と あるので杖刀人首 は 意冨比垝 から歴代連綿と続けていたものと解す他無い

年代は辛亥年(471年?)で、どうやら大和朝廷では 雄略天皇 の治世と されている

そして この年は、倭の五王に おける 倭王興 の時代かと思われる

獲加多支鹵大王寺 の時代が倭の五王時代の誰に当たるか に ついては、重要なので以下の別考察にて改めて述べる

獲加多支鹵は倭王武か

ただし、銘文中の辛亥が西暦471年で ある事を確定付ける根拠が ある訳では無い
411年若しくは 531年の可能性も ある

これが 411年の事で あれば、大和朝廷で言う所の 応神天皇 の治世に該当する事に なるか
そして 531年で あれば、継体天皇が崩御した直後の安閑天皇の時代と なろう

私は上記の文意で、左治 の語を総攬と読解した
総攬とは、国政全般を管掌し執政すると言う意を持つ

獲加多支鹵大王寺 は幼少か若しくは女王で あったと思われ、左治天下 と言う特別な権限を宰領して国政を執った事に なる
これは恐らくは宰相、後の摂政関白にせられるもので、ほぼ代理の王と して振る舞ったので あろうと思われる

これは、魏志倭人伝に類似の語が見られる
【三國志】 卷三十 魏志 烏丸鮮卑東夷傳 第三十 倭人傳

撰者 : 西晋朝 陳壽(陳寿)

乃共立一女子爲王 名曰卑彌呼 事鬼道 能惑衆 年已長大 無夫壻 有男弟 佐治國

尤も、471年の時点で 獲加多支鹵大王 が幼少で あったか どうかは分からない
獲加多支鹵大王 が成人したので 乎獲居臣(豆) は国政を返上し、その後に左治天下を行っていた栄誉を記念として 471年に鉄剣に銘文を記銘させたと言う事も充分に あるかと思う

そして この左治天下と言う事蹟が、鉄剣を鍛造鍛冶した由来で あると思われる
勿論銘文では、遠祖から自身への家系を記すと あるが、単に家系のみを示したいので あれば、左治天下の事蹟等書き入れる必要は無く、粛々連綿と父子の順に名を書き残せば良いだけの事で ある
しかし実際には そうでは無く、左治天下と言う輝かしい名誉が あって、これを端緒として この事蹟を家系と併せて記念として残したいと言う 乎獲居臣(豆) の意思が働いて、この鉄剣を鍛造鍛冶させたので あろう
しかも銘文は、金錯銘と言う豪奢で非常に手の込んだ特殊な手法をもちいて記録として残して おり、しかも類を見ないほどの長文で ある
この被葬者は余程左治天下の事蹟が嬉しかったので あろう

さすれば、古墳の被葬者が自らの事蹟を誇(ほこ)って副葬品として埋葬させたので あり、この古墳の被葬者は 乎獲居臣(豆) と考えるのが、常識的に見て自然な考え方で あろう

第一考えて見て いただきたい

我が身の この上無い栄誉を書き入れた記念の鉄剣を、他人に譲渡する筈が無いでは ないか!

と言う訳で、この鉄剣を関西在住の 乎獲居臣(豆) が関東の豪族に下賜するなど、絶対に あり得ない事で あろう
あり得ないので あるが、世の中には道理が通じない 困ったちゃん が いるもので、

乎獲居臣(豆) が鉄剣を作らせたが、後に関東の豪族に下賜したので ある


等と奇怪な事を述べる大学教授等が存在しているので ある
本当に摩訶不思議で、実は人の姿を していても中身は狐狗狸こっくりたぐいでは無いかと疑ってしまう

いやいや、この人達は宗教にかぶれた人なのですな
大和朝廷至上主義教と言う宗教に

成程、宗教で あれば道理が通じないのも致し方無いと言うもので ある

斯鬼(/斯魔)宮が何処かは、この銘文だけでは分からない
候補と しては、埼玉古墳群の近くに ある 栃木県 磯城宮埼玉県 志木市 が ある
栃木県 大前おおさき神社 の石碑に 磯城宮 と言う記述が あると言う
この 磯城宮 は稲荷山古墳の東北 20km と言う場所に ある そうで ある

ちなみに、大前神社の住所は、

栃木県 栃木市 藤岡町 大前 字 磯城宮383番地


磯城宮 は住所なのかよ!!!
そうですか住所で地名なのですか...いや、驚きで ある

いや、それは良いとして、定説では何故か大和国の 師木嶋大宮しきしまのおおみや の事を指すと言う
これは古事記の記述で、日本書紀では 磯城嶋金刺宮しきしまのかなさしのみや で あると言う
【古事記】 下卷 淸寧天皇

撰者 : 太 安萬侶 等

弟 天國押波流岐廣庭天皇 坐師木嶋大宮 治天下也

古事記 下卷 淸寧天皇 01
古事記 下卷 淸寧天皇 02
【日本書紀】 卷第十九 天國排開廣庭天皇 欽明天皇

秋七月 丙子 朔 己丑 遷都倭國磯城郡磯城嶋 仍號爲磯城嶋金刺宮

日本書紀 卷第十九 欽明天皇 01

いやはや、近くに ある 磯城宮 を無視して随分遠くに ある 大和国 師木嶋大宮 を 斯鬼宮 の事と したい らしい
もう本当に無茶苦茶で、呆れる他無い

斯鬼(/斯魔)宮 が何処どこか に ついて は、これも別論にて述べたい



5. 大野晋氏は曲学阿世の徒か


国語学者の大野晋氏は、『日本語はいかにして成立したか』(大野晋、中央公論新社、2002年)において随分と持って回った言い回しで「ワカタケルと読める」と主張している
しかし、どのように訓むのか手法を明示しておらず、また発音記号類も示していないため、読者は検証不能となっている
時代に対応する発音の表が添えられており、稲荷山剣銘と特筆されて呉音と書かれているが、それより前は上古音と書かれていて、それより後は中古音と書かれている
この表では何故か唐突に呉音が登場していて何とも理解に苦しむが、大野氏は上古音と呉音をまじえて「ワカタケルと読める」と主張したい意図であると理解した
何故呉音を交えなければならないのかは次の表を見れば判明する

稲荷山鉄剣銘字の表音 - 上古音を追記
銘字 呉音 漢音 万葉仮名 中古音 上古音
ワク クワク(カク) 万葉仮名として使用されていない ɦuɛk(ゥェ(ック)) ɦuăk(ゥァ(ック))
kă(カ) kăr(カ)
ta(タ) tar(タ)
キ甲類 tʃɪĕ(シ? チ?) kieg(キェ)
万葉仮名として使用されていない lo(ロ) lag(ラ)

上古音での発音を繋げると次のようになる
・ɦuăk kăr tar kieg lag
これを片仮名で表記すると、以下のいずれかであろう
・ゥァッカタキェラもしくはゥァカタキェラ
これに相応する倭語は次の通りかと思われる
・ワ(ッ)カタキラもしくはワ(ッ)カタケラ
銘字の上古音はゥァ(ッ)カタキェラとなり、相応する倭語はワ(ッ)カタキラもしくはワ(ッ)カタケラである
非常に惜しいが上古音では"ワカタケル"とは訓めないのだ
そのために訓めない箇所の鹵字を呉音で訓んで強引に帳尻合わせを行っているのかも知れない
このような小細工を弄した動機は次の通りであろうか
・どうしても銘字を"ワカタケル"と訓みたい
・しかし訓めない
・ならば訓めるように手法を捻じ曲げてしまえば良い
国語学者は時に考古学の見解とは乖離する場合もあると思うが、考古学者が"ワカタケル"と訓んだ際に国語学者として疑義を呈すべきであった
少なくとも大野氏は上古音で"ワカタケル"とは訓めない事は把握していた筈である
何とも残念に思うが、定説に日和ってしまったのであろうか
なお、本論攷は銘字を中古音で訓むと言う観点から書いているが、視点を変えて
・獲加多支鹵はワカタキラもしくはワカタケラと訓む
と言った別論を起こす事も可能であろう



6. 江田船山古墳の被葬者との関係は?


江田船山古墳 銀錯銘大刀 銀象嵌銘文 に登場する、名前が不明確な大王が存在する
従来は この銘文に書き入れられた大王と 獲加多支鹵 大王は同人物で あると見做されていた

これに ついても別論にて述べる



7. 獲加多支鹵 は ワカタケル に非ず


獲加多支鹵 は ワカタケル とは訓めない
正しくはヱッカタシロ(ヱカタシロ)で あるかと思われる

もし ワカタケル と書きたいので あれば、一例として 和呵多家鹵 と言った表記が考えられるが、銘字は その様には書かれていない
そして これは同時に、獲加多支鹵 は雄略天皇で あると する根拠を失う事を意味する

従来の定説は始めに結論有りき無理矢理 雄略天皇に牽強附会しているとしか見えず、いずれは定説としての地位を失う事に なるで あろう



8. 盗用の疑い


以下はこのWebページや『日本語はいかにして成立したか』(大野晋、中央公論新社、2002年)からアイディアを盗用しているように思えます
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jahs/54/0/54_5/_article/-char/ja/
日本水文科学会編集委員会に抗議しましたが、次の回答が返っています。
=========

令和7年3月5日にご連絡いただいた件について(回答)

当誌に掲載された下記原稿に関するご指摘の内容について,当委
員会にて責任著者に聞き取り調査を行った結果,他者のアイデア
を盗用した事実は確認されませんでしたので,回答いたします。

山中 勤(2024)古代日本の王名に現れる水:3)古代王名の意味.
日本水文科学会誌, 54巻, 5-12.

以上
日本水文科学会編集委員会

=========
知らぬ存ぜぬと言う事ですかね?
興味がある方は読み比べてみてください。
なお、このWebページを公開したのは 2014年10月25日で、その後時々更新しながら現在に至っています。
どちらが先に書いたのか、客観的に判断すれば分かると思います。



9. 関連 URI


参考と なる URI は以下の通り

稲荷山古墳出土鉄剣 - Wikipedia
鉄剣・鉄刀銘文 - Wikipedia
雄略天皇 - Wikipedia
万葉仮名 - Wikipedia
二重母音 - Wikipedia
下北弁 - Wikipedia
親方 (沖縄) - Wikipedia
埼玉古墳群 - Wikipedia
毛野 - Wikipedia

公開 : 2014年10月25日
戻る
pagetop