魏志倭人伝の表音は上古音か中古音か

1. 三世紀の漢語字音は上古音なのか


魏志倭人伝 に ついて、永年疑問に思い続けている事が ある

それは、魏志倭人伝 の人名や国名、その他名号名称の表音に ついてで ある

我々日本人は何気なにげ無く現代表音で読んで しまっているが、本来は三世紀の倭国語および漢語で読まねば ならない所では ある

では、三世紀の漢語は どのような表音を行っていたかと言うと、良く分からないので ある
何故かと言えば、当時の漢語発音を今に伝えるほどに長寿の人は存在しないわけで、当然ながら当時は録音機などが あるでも無く、当時の発音を確認する事は不可能だからで ある

では当時の発音の手掛てがかり が無いかと言えば そうでも無く、当時の表音の候補として漢語の上古音と中古音が挙げられている

それならば、倭人伝を上古音と中古音で読んでみれば、さて どうなるか
あるいは これで、当時の表音が分かるかも知れない



2. 倭人伝に現れる名称の表音を調べる


では実際に読み進めて見ると しよう

なお、私は上古音と中古音には全く通じていないので、当初は以下の Webサイトを参考に していた

魏志倭人伝の固有名詞の漢字
魏志倭人伝の固有名詞の漢字-2
卑弥呼の読み

# ただし、本考察のため多少なりとも自身で調べてみると この Webサイトに ある字音は必ずしも正確で無い箇所が幾つも ある様で、多少は疑ってかかる必要が ある

# 実は要訂正箇所を上記 Webサイト管理人に指摘した事が あるが、受けれられずに無視された事が ある

# 現時点では恐らく上記 URI よりも本考察の方が詳しい上に正確と なっている ものと思われる

【三國志】 卷三十 魏志 烏丸鮮卑東夷傳 第三十 倭人傳

撰者 : 西晉(晋)朝 陳壽(寿)

人在帶方東南大海之中 依山㠀爲國邑 舊百餘國

三国志 魏志 倭人伝 1

倭字 の表音は以下の通りと なる
なお、倭字 には複数の発音が ある らしいので、参考のため全て記載しておく
以降も可能な限り収載しゅうさいする事と する

# ()内の表音は私が無理矢理 片仮名で表したもので、権威あるセンセイ達が述べている表音では無い


倭 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音ピンイン 呉音 漢音 万葉仮名
・uar(ゥァ) ・ua(ゥァ) ・uo(ゥォ) ・uə(ゥォ) wō(ゥォ) わ(日本書紀:歌謡)
・ɪuar(ゥィゥァ) ・ɪuĕ(ゥィェ) uəi(ゥェィ) uəi(ゥェィ) wēi(ゥェィ) イ(ヰ) イ(ヰ) -
- - - - wǒ(ゥォ) - - -

漢時有朝見者 今使譯所通三十國

国名等が表れないので、進める

從郡至倭 循海岸水行 歴國 乍南乍東 到其北岸狗邪韓國 七千餘里

狗字 は他史書では別の字が用いられたりしていて、少々厄介で ある
狗,邪,韓字 の表音は それぞれ以下の通りと なる

狗,拘,邪,韓 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- kug(ク) kəu(コゥ) kəu(コゥ) kəu(コゥ) gǒu(ゴォウ) コウ 該当する表音無し
kɪug(キゥ) kɪu(キゥ) kiu(キゥ) ts̆ü(ツゥ) jū(ジュー) 該当する表音無し
-(不明) -(不明) -(不明) -(不明) gōu(ゴウ) コウ -
ŋiăg(ンィァ) (yiă)-ziă(ィァ-ジィァ) sie(シェ) s̆ie(シェ) xié(シエェ) ジャ シャ ざ(古事記:歌謡,万葉集)
ŋiăg(ンィァ) yiă(ィァ) ie(イェ) ie(イェ) yé(イエ) 該当する表音無し
- ɦan(ゥァン) ɦan(ゥァン) han(ハン) han(ハン) hán(ハッン) カン ガン 該当する表音無し

始度一海千餘里 至對海國 其大官曰卑狗 副曰卑奴母離 所居絶島 方可四百餘里 土地山險 多深林 道路如禽鹿徑 有千餘戸 無良田 食海物自活 乘船南北市糴

対海国に ついては以下でも触れているので、ここでは表音のみにとどめる

対海国の海字表音は マ

奴字 は特に考慮無く ナ とまれる事が多いが、実は非常に注意しておく必要が ある
対,海,卑,奴,母,離字 の表音を以下に示す

対,海,卑,奴,母,離 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
對(対) - tuəd(トゥァドュ) tuəi(トゥァィ) tuəi(トゥァィ) tuəi(トゥァィ) duì(ドュイ) タイ タイ 該当する表音無し
海(海) - m̩əg(マ) həi(ハイ) hai(ハイ) hai(ハイ) hǎi(ハァ イ) カイ カイ み甲類(日本書紀,古事記,万葉集)[註1]
- pieg(ピェ) piĕ(ピェ) pi(ピ) pɔi(ピィ) bēi(ベイ) ひ甲類(日本書紀,古事記,万葉集)
- nag(ナ) no(ndo)(ノ,ド) nu(ヌ) nu(ヌ) nú(ヌゥ) ど甲類(日本書紀:歌謡)
ナ(日本書紀)
ぬ(日本書紀,古事記,万葉集)
の甲類(日本書紀,古事記)
- muəg(ムォ) məu(mbəu)(モゥ,ンボゥ) mu(ム) mu(ム) mǔ(ム ゥ) モ,ム ボウ も(日本書紀,万葉集)
も乙類(古事記)
lɪar(リァ) lɪĕ(リェ) li(リ) li(リ) lí(リィイ) り(日本書紀:歌謡)
- - - - lì(リイ) ライ レイ 該当する表音無し

註1:

万葉仮名では 海字 を み甲類 に分類するが、実際には 忍海おしぬみ(osino-umi → osinu-mi) や 淡海あふみ(aha-umi → ahu-mi) と音便化している だけ なので、これをもって み甲類 と見做みなして しまって良いか は なお一考の余地が ある様にも思えるが どうか


対海国は対馬国の誤写と言う見解も あり、後で馬字が登場するので そちらでしる
卑狗 はひこ の表音で あると主張する歴史学者がすこぶる多いが、上古音は明らかに ピク で ある
卑狗 の中古音は発音が難しいが、倭人が コ と発音していたのを魏使が kəu と聞き取ったのかも知れない
しかし後出こうしゅつする 泄謨,柄渠 の中古音は シェモ,ピァンギォ なので もし倭人が ヒコ と発音していたので あれば魏使は 卑觚 と記録するのが妥当で ある とも思えてしまう
倭人伝 を読む限り、彦 と 卑狗 の関連性は少ないのでは ないか と疑いたくも なる

卑奴母離 も又 鄙守ひなもりと同音と する学者さん達が多いので あるが、これも違うかも知れない
どちらかと言うと、日野守(ひのもり:火の守? 陽の守?) か
万葉仮名では ナ と訓むのは日本書紀のみ なので、これは比較的古い漢語表音にもとづいて いるものと判断するのが妥当と考える
いずれにせよ、卑奴母離 の漢語音から倭語音を推測すると、上古音: ひなむり, 中古音: ひのもり と なるので、上古音を採用すると しても ひなもり とは訓めない ので ある

又南渡一海千餘里 名曰海 至一大國 官亦曰卑狗 副曰卑奴母離 方可三百里 多竹木叢林 有三千許家差有田地 耕田猶不足食 亦南北市糴

瀚,(翰,)一,大 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- -(不明) -(不明) -(不明) -(不明) hán(ハッン) ガン カン 該当する表音無し
- ɦan(ゥァン) ɦan(ゥァン) han(ハン) han(ハン) hán(ハッン) ガン カン 該当する表音無し
- ・iet(イェッ) iĕt(イェッ) iəi(イァィ) i(イ) yī(イ) イチ イツ 該当する表音無し
dad(ダッ) dai(ダイ) tai(タイ) tai(タイ) dài(ダィ) ダイ タイ 該当する表音無し
dar(ダァ) da(ダ) ta(タ) ta(タ) dà(ダァ) ダ(万葉集)
ほ(日本書紀,古事記:歌謡)
-(不明) -(不明) -(不明) -(不明) tài(タィ) タイ タイ 該当する表音無し

瀚字 の表音が分からないので、参考として 翰字 を挙げている

一大国 は通常 一支国 の誤記で、長崎県壱岐の事で あると言う
支字も後出するので、そこで記す
しかし、私は この通説に疑問を持って おり、一大国 は 長崎県壱岐市石田町いしだちょう の事で あろうと考えている
石田 は以下の 原の辻遺跡 が ある地でも あり、石田 の地名を 一大 と表記したものと考える

原の辻遺跡 - Wikipedia

つまり、一字 の ・iet,iĕt に母音 i が添えられて イッ から イティ に変化し、その後 更に イシュィ に転じて現在の イシ に変遷したのでは無いかと思う
変遷の一想定で あるが、以下の様な感じで あろうか

・iet-dar(dad)(イッダッ) →ieti-da(イティダ) → ishi-da(イシュィダ) → isi-da(イシダ)


なお、和名抄 の石田郡は以之太いしだと訓むらしいので これを採用したが、石田郡いわたこおりと言う訓も あり、あるいは こちらの方が古形なのかも知れない

又渡一海千餘里 至末盧國 有四千餘戸 濱山海居 草木茂盛 行不見前人 好捕魚鰒 水無深淺 皆沈沒取之

末,盧 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- muat(ムァトゥ) muat(mbuat)(ムァトゥ,ブァトゥ) mo(モ) mo(モ) mò(モゥ) マツ,マチ バツ ま(日本書紀:歌謡,万葉集)
- hlag-(hlo)(ラ,ロ) (hlo)-lo(ロ) lu(ル) lu(ル) lú(ルゥウ) る(日本書紀:歌謡)
ろ甲類(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡)

東南陸行五百里 到伊都國 官曰爾支 副曰𣳘謨觚,柄渠觚 有千餘戸 世有王 皆統屬女王國 郡使往來常所駐

三国志 魏志 倭人伝 2

伊,都,爾,支,𣳘(泄),謨,觚,柄,渠 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- ・iə[breve][註2]r(イ) ɪi(ィィ) i(イ) i(イ) yī(イー) い(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡,万葉集)
都(都) - tag(タ) to(ト) tu(トゥ) tu(トゥ) dū(ドゥ) つ(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡,万葉集)
づ(日本書紀:歌謡,万葉集)
- nier(ニェ) niĕ(riĕ)(ニェ,リェ) rɪ(リ) rr(ル) ĕr(ィィル) に(日本書紀,古事記,万葉集)
- kieg(キェ) tʃɪĕ(シェ,チェ) ṭṣï(ツィ) ṭṣï(ツィ) zhī(ジィ) き甲類(古事記:歌謡,万葉集)
ぎ甲類(万葉集)
𣳘(泄) siat(シァッ) siɛt(シェッ) sie(シエ) s̆ie(シエ) xiè(シエ) セチ セツ 該当する表音無し
𣳘(泄) ḍiad(ディアッドゥ) yiɛi(ィェィ) iəi(ィェィ) i(イ) yì(イ) エイ 該当する表音無し
- mag(マ) mo(mbo)(モ,ンボ) -(不明) -(不明) mó(モ ォ) も(日本書紀:歌謡)
- kuag(クァ) ko(コ) ku(ク) ku(ク) gū(グー) 該当する表音無し
- pɪăŋ(ピァン) pɪʌŋ(ピァン) piəŋ(ピァン) piəŋ(ピァン) bǐng(ビィン) ヒョウ(ヒヤウ) ヘイ 𛀁(万葉集)[註3]
gɪag(ギァ) gɪo(ギォ) kʻio(ク ィオ) ts̆ʻü(ツィ) qú(チー) キョ こ乙類(日本書紀:歌謡)
ご乙類(日本書紀:歌謡)
- - - - jù(ヂゥ) - - -

註2:

ə の上に ˘(breveブレーヴェ) が乗っている様に見えるが、残念ながら私には該当する表記字を探せなかった


註3:

万葉仮名では や行音4段音の や行音4段音 ye に分類されるが、これは訓読み のため漢語表音と関連が あるか は不明
𛀁 に ついては以下を参照
や行え - Wikipedia


爾支 をぬし の意と する歴史学者も多い
もっと単純に、西にし の事で あろう
可能性は低いで あろうが、百済語の尼師今ニシコンと関連が あるのかも知れない
なお、発音表字に忠実に発音するので あれば、実は ニシ では無く ニチしくは リチ と なる
この場合、倭語としては 日治にち,日地にち と なるで あろうか

酷いものでは、爾支が稲城いなぎと言う主張も ある
爾支の上古音に結び付けたいので あろうが、こうなると もう何でも抉付こじつて しまおうと する暴論で ある

それよりも何よりも、伊都国がイタ国(上古音)と言うのは、笑える
明らかに伊都国はイト国(中古音)で あろう

東南至國百里 官曰兕馬觚 副曰卑奴母離 有二萬餘戸

兕,馬 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- -(不明) zii(ジィ) sï(シ) sï(シ) sì(シッ) 該当する表音無し
- măg(マァ) mă(mbă)(マァ,ンバァ) mag(マ) mag(マ) mă(マァ) ま(日本書紀[註4],古事記,万葉集)
メ甲類(日本書紀[註5],万葉集)
バ(日本書紀)[註6]

註4:

國 と あるので、厳密には万葉仮名とは言えないか


註5:

鞍部村主司達等 と あるので、厳密には万葉仮名とは言えないかも知れない


註6:

熊山縣令,上柱國 司法聰 等 と あり、厳密には万葉仮名では無い


奴国 は ナ国 と言うのが定説で あるが、これは上古音で あればと言う前提が付く
中古音では ノ国 と言う事に なる

兕馬觚 は上古音が不明なので、どう読むべきか予測すら立てられない

東行至不彌國百里 官曰多模 副曰卑奴母離 有千餘家

不,彌(弥),多,模 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
pɪuət(ピゥォッ) pɪuət(ピゥォッ) pu(プ) pu(プ) bù(ブウ) ホチ フツ -
pɪuəg(ピゥォ) pɪəu(ピォゥ) fəu(フォゥ) fəu(フォゥ) fǒu(フォ ウ) フウ ふ(日本書紀,万葉集)
ぶ(万葉集)
- - - - fū(フゥ) -
彌(弥) miĕr(ミェ) miĕ(mbiĕ)(ミェ,ムビェ) mi(ミ) mi(ミ) mí(ミイ) み甲類(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡,万葉集)
ム(日本書紀)[註7]
び甲類(日本書紀:歌謡)
彌(弥) - - - - mǐ(ミ ィ) -
- tar(タ) ta(タ) tuo(トゥォ) tuə(トゥォ) duō(ドゥォ) た(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡,万葉集)
だ(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡,万葉集)
- mag(マ) mo(mbo)(モ,ンボ) mu(ム) mu(ム) mó(モ) む(万葉集)[註8]
も(日本書紀:歌謡)

註7:

屠南蠻 忱多禮 と あり、厳密には万葉仮名では無い


註8:

治乃さがぢの 余呂木能波麻乃 麻奈胡奈須 と あり、やや特殊な万葉仮名


不弥国 は 宇美 が定説で あるが、表音は プミ で あるので、宇美 とは関係無いのでは ないか

南至投馬國水行二十日 官曰彌彌 副曰彌彌那利 可五萬餘戸

投,那,利 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- dug(ドゥ) dəu(ドゥ) tʻəu(トウ) tʻəu(トウ) tóu(トウ) ズ(ヅ) トウ 該当する表音無し
nar(ナ) na(nda)(ナ,ンダ) na(ナ) na(ナ) nă(ナ ァ) な(日本書紀,古事記:歌謡,万葉集)
- - - - nuó(ヌォ) -
- lɪed(リェ) lɪi(リィ) li(リ) li(リ) lì(リー) と甲類(万葉集)
ど甲類(万葉集)
り(日本書紀:歌謡,万葉集)

ここで投馬国は上古音,中古音共にドゥマで ある事に注意しておく必要が ある
後で書くが、所在地論争に影響が生じるからである

南至邪馬壹國 女王之所都 水行十日 陸行一月 官有伊支馬 次曰彌馬升 次曰彌馬獲支 次曰奴佳鞮 可七萬餘戸

壹(壱),臺,台,升,獲,佳,鞮 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
壹(壱) ・iet(ィェッ) iĕt(イェッ) iəi(イァィ) i(イ) yī(イー) イチ イツ イチ(万葉集)
壹(壱) - - - - yīn(イン) - - -
- dəg(ダ) dəi(ダイ) t'ai(タイ) t'ai(タイ) - ダイ タイ 該当する表音無し
t'əg(タ) t'əi(タイ) t'ai(タイ) t'ai(タイ) tái(タイ) ダイ タイ と乙類(日本書紀)
d̩iəg(ディェ) yiei(ィェィ) i(イ) i(イ) yí(イ) 該当する表音無し
- thiəŋ(シァン) ʃɪəŋ(シァン) ʃɪəŋ(シァン) ṣəŋ(シァン) shēng(シァン) ショウ ショウ 該当する表音無し
- ɦuăk(ゥァック) ɦuɛk(ゥェック) huo(フオ) huə(フオ) huò(フオォ) ワク カク(クワク) 該当する表音無し
- kĕg(ケ) kăi(カイ) kiai(キァィ) ts̆ia(ツィア) jiā(ジアー) カイ 該当する表音無し
- -(不明) -(不明) -(不明) -(不明) dī(ディ) タイ テイ 該当する表音無し

邪馬壹 は 邪馬臺 の誤記で あると言う主張が根強いので、臺字 及び 台字 を補記しておいた
関西説論者は、邪馬臺 をヤマトと読みたがるのであるが、以下の通りヤマトとは訓めない

臺字訓 邪馬臺はヤマトと読めるのか

ヤマトとは訓めないと分かると、次はヤマドゥと訓みたいらしい
どうやら桃崎有一郎と言う者の説との事であるが、倭人はヤマトと話したが魏使は これをヤマドゥと聞き違えた(もしくは聞き取った)と言う事に したい訳だ
恐らくは臺字の上古音 dəg をドゥと訓んでいるのであろう
しかし上表の通り、臺字の上古音はドゥでは無くダであり、邪馬臺 の上古音はヤマダとなる
つまり、始めに結論ありき で関西説を是と決め付けて、何としても所在地をヤマトに持って行こうとする恣意的な見解と言う事なのであろう

自女王國以北 其戸數,道里可得略載 其餘旁國遠絶 不可得詳
次有斯馬國 次有已百支國 次有伊邪國 次有郡支國 次有彌奴國 次有好古都國 次有不呼國 次有姐奴國 次有對蘇國 次有蘇奴國 次有呼邑國 次有華奴蘇奴國 次有國 次有爲吾國 次有鬼奴國 次有邪馬國 次有躬臣國 次有巴利國 次有支惟國 次有烏奴國 次有國 此女王境界所盡

国名が連続して表れるが、どれが どこか判然と しない
これらの表音を求めても意義が あるのか とも思われるが、一応 かかげておく

斯,已,百,郡,好,古,姐,蘇,呼,邑,華,爲,躬,臣,巴,惟,烏 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- sieg(シエ) siĕ(シエェ) sï(シィ) sï(シィ) sī(シー) し(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡,万葉集)
- d̩iəg(ディェ) yiei(ィェィ) i(イ) i(イ) yǐ(ィーィ) い(万葉集)
păk(パァク) pʌk(パク) pai(パイ) pai(パイ) băi(バァイ) ヒャク ハク ほ(日本書紀,古事記,万葉集)
păk(パァク) pʌk(パク) po(ポ) po(ポ) bó(ボォ) - - -
- gɪuən(グィン) gɪuən(グィン) kɪuən(クィン) ts̆üən(ツィン) jùn(ヂュィン) グン クン 該当する表音無し
hog(ホ) hau(ハゥ) hau(ハゥ) hau(ハゥ) hào(ハォ) コウ(カウ) コウ(カウ) よ乙類[註9](万葉集)
- - - - hăo(ハァオ) コウ(カウ) コウ(カウ) -
- kag(カ) ko(コ) ku(ク) ku(ク) gǔ(グ ゥ) こ甲類(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡,万葉集)
tsiăg(ツィァ) tsiă(ツィァ) tsie(ツィェ) ts̆ie(ツィェ) jiĕ(ヂエェ) シャ シャ 該当する表音無し
- - - - jù(ヂイ) ショ -
- sag(サ) so(ソ) su(ス) su(ス) sū(スゥ) そ甲類(日本書紀:歌謡,古事記:歌謡,万葉集)
- hag(ハ) ho(ホ) hu(フ) hu(フ) hū(フゥ) を(万葉集)
- ・ɪəp(ィァプ) ・ɪəp(ィァプ) iəi(ィァィ) i(イ) yì(イィ) オウ(オフ) イウ(イフ) 該当する表音無し
- - - - huā(フア) ケ(クヱ) カ(クワ) 該当する表音無し
ɦuăg(ゥァァ) ɦuă(ゥァァ) huă(フアァ) huă(フアァ) huá(フ ァア) ゲ(ゲヱ) カ(クワ) 該当する表音無し
- - - - huà(フアァ) ゲ(ゲヱ) カ(クワ) 該当する表音無し
爲(為) ɦɪuar(ィゥァ) ɦɪuĕ(ィゥェ) uəi(ゥェィ) uəi(ゥェィ) wéi(ゥェィ) イ(ヰ) イ(ヰ) し(万葉集)[註9]
す(万葉集)[註9]
せ(万葉集)[註9]
は(万葉集)[註9]
ゐ(万葉集)
を(万葉集)
爲(為) - - - - wèi(ゥエィ) イ(ヰ) イ(ヰ) -
- kɪoŋ(キォン) kɪuŋ(キゥン) kioŋ(キォン) kuəŋ(クォン) gōng(ゴン) ク,クウ キュウ み乙類(日本書紀)[註10]
- ghien(ギェン) ʒɪĕn(ジエン) tʃʻɪeŋ(チエン) ṭṣʻən(チェン) chén(チェン) ジン シン み甲類[註10]
- păg(パ) pă(パァ) pa(パ) pa(パ) bā(バ) は(日本書紀)
- ḍiuə[breve][註2]r(ディゥァ) yiui(ィゥィ) uəi(ゥェィ) uəi(ゥェィ) wéi(ウェイ) イ(ヰ) ユイ 該当する表音無し
- ・ag(ゥァ) ・o(ォ) u(ウ) u(ウ) wū(ウー) オ(ヲ) い(日本書紀)[註11]
う(日本書紀[註12],万葉集)

註9:

表音とは何の関係も無く ただ 万葉集 に借訓文字として使用されているので、厳密には万葉仮名と言って良いのかは何とも言えない

註10:

借訓文字

註11:

借訓文字か

註12:

万葉仮名では ないのかも知れない


其南有狗奴國 男子爲王 其官有狗古智卑狗 不屬女王

智字 は何故 知字 を用いないので あろうか?
良く分からないが、智字 の表音は以下の通り と なる

智 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- tɪeg(ティェ) ṭɪĕ(ティェ) ṭṣï(シィ) ṭṣï(シィ) zhì(ジー) ち(日本書紀:歌謡,万葉集)

狗古智卑狗がクカティピクは無いで あろう
これは、中古音コゥコティピコゥの系統を受けて現在に至っているものと思われる
現代音では ココチヒコ と表音される事が多いが、これはコゥコチヒコゥが正しい
なお、クコチヒコと主張する学者も いるが、

# 例えば井上 光貞『日本の歴史 1 神話から歴史へ』(中公文庫、一九七三年)

語頭の 狗 と語尾の 狗 の表音が異なると言う奇矯な事を述べている訳で、頭が おかしいのであろう
語中の中では同音と見做すのが、自然な思考かと思われる

自郡至女王國萬二千餘里
男子無大小皆黥面文身
自古以來 其使詣中國 皆自稱大夫
夏后少康之子封於會𥡴 斷髮丈[註13]身 以避蛟龍之害
今倭水人好沈沒捕魚蛤 丈[註13]身亦以厭大魚水禽 後稍以爲飾
諸國文身各異 或左或右 或大或小 尊卑有差

三国志 魏志 倭人伝 3

計其道里 當在會𥡴東治之東
其風俗不淫 男子皆露紒 以木緜招頭其衣横幅 但結束相連 略無縫
婦人被髮屈紒 作衣如單被 穿其中央 貫頭衣之
種禾稻,紵麻 蠶桑 緝績 出細紵,縑緜
其地無牛,馬,虎,豹,羊,鵲
兵用矛,楯,木弓 木弓短下長上 竹箭或鐵鏃或骨鏃
所有無與儋耳,朱崖
倭地温暖 冬夏食生菜 皆徒跣
有屋室 父,母,兄,弟臥息異處
以朱丹塗其身體 如中國用粉也
食飮用籩豆 手食
其死 有棺無槨 封土作冢
始死停喪十餘日 當時不食肉 喪主哭泣 他人就歌舞飮酒
已葬 舉家詣水中澡浴 以如練沐

註13:

文字 の誤か


倭国外の人名と地域名なので表音を見ておく意義が あるのかは何とも言えないが、一応掲げておく

少,康,儋,耳,朱,崖 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
thiɔg(ショウ) ʃɪɛu(シェウ) ʃɪeu(シェウ) ṣau(シャウ) shăo(シャ オ) ショウ(セウ) ショウ(セウ) 該当する表音無し
- - - - shào(シャオ) - - -
- kʻaŋ(カァン) kʻaŋ(カァン) kʻaŋ(カァン) kʻaŋ(カァン) kāng(カァン) コウ(カウ) コウ(カウ) 該当する表音無し
- tam(タム) tam(タム) tam(タム) tan(タム) dān(ダァン) タン(タム) タン(タム) 該当する表音無し
niəg(ニェ) niei(rɪei)(ニェィ,リェィ) rɪ(リ) rr(ル) ĕr(ウゥル) じ(日本書紀:歌謡)
に(万葉集)
みみ(日本書紀)[註14]
- - - - réng(レン) ニョウ ジョウ 該当する表音無し
- tiug(ティゥ) tʃɪu(チゥ) tʃɪu(チゥ) ṭṣu(スゥ) zhū(ヂゥ) シュ 該当する表音無し
- ŋĕg(ンゥェ) ŋăi(ンァィ) iai(ィァィ) iai(ィァィ) yái(yá)(ヤ イ,ヤァ) ガイ 該当する表音無し

註14:

みみ は人名に当てられているので、厳密に言えば借訓万葉仮名

其行來渡海詣中國 恆使一人
不梳頭 不去蟣蝨 衣服垢汚 不食肉 不近婦人 如喪人 名之爲持衰

持衰 とは漢語で あろうか、それとも倭語で あろうか
もし 魏志倭人伝 以外の文献に現れない ので あれば、倭語で ある可能性が非常に高い
そして私は他の文献では一度も見た事が無い

これに関しては以下で触れている

倭語に連母音(母音連続) は有り得ないのか

関連するか どうか分からないが、【史記】 では以下に衰絰さいてつと言う語を確認出来る

# 漢文訓読では 衰絰 の語彙は すいてつ では無く さいてつ とまれる らしい

衰絰とは葬衣喪服の事で、衰は胸衣 絰は首,腰麻衣 で ある と言う
影本(写本)画像は以下を利用している

国立国会図書館デジタルコレクション - 史記. [5]
【史記】 卷五 秦本紀第五

撰者 : 西漢朝 司馬 遷

夷吾姊亦為繆公夫人 夫人聞之 乃[註15]跣曰

妾兄弟不䏻[註16]相救 以辱君命

史記 1

註15:

影本画像には 衰字 の異体字 衰字 異体字 で書かれている
厳密に言えば影本の異体字は鍋蓋(亠) の下の横線が一本少ない 龷 と なっている

註16:

能字 の異体字で あるが、影本を見るに正確には 能字 異体字

【史記】 卷五 秦本紀第五

太子襄公怒曰

秦侮我孤 因喪破我滑

遂墨衰絰 𤼲[註17]兵遮[註18]秦兵於殽[註19]擊之 大破秦軍無一人得脫者

史記 2

註17:

𤼲字 の異体字で あるが、正確には 𤼲字 異体字

註18:

遮字 の異体字 遮字 異体字

註19:

影本画像は 殽字 の異体字か 肴の上は 㐅 ではなく 又

【史記】 卷五 秦本紀第五

韓王衰絰入吊[註20][註21] 諸侯[註22]皆使其将相来吊[註20][註21] 視喪事

史記 3

註20:

吊字 は 弔字 の異体字として書かれている

註21:

影本画像では 祠字 異体字 と書かれている

註22:

影本画像ではつくりが 矢 では無く 夫 に見える


倭語に漢字の表音を当てたもので あると すると以下の通りで あるが、衰字 は字音が沢山あって しかも どれも発音が非常に難しい

持衰の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- dɪəg(ディェ) ḍɪei(ディェィ) ṭṣʻï(シィ) ṭṣʻï(シィ) chí(チイ) ジ(ヂ) 該当する表音無し
音一 sïuər(シゥァ) ṣïuei(シゥェィ) ṣuəi(スァィ) ṣuai(スァィ) shuāi(シュアイ) スイ スイ 該当する表音無し
音二 tsʻïuər(シァ) ṭṣʻïuĕ(シゥェ) ṭṣʻuəi(スァィ) ṭṣʻuai(スァィ) - -
音三 tsʻuər(ツゥェ) tsʻuəi(ツゥェィ) tsʻuəi(ツゥェィ) tsʻuəi(ツゥェィ) cuī(ツゥイ,ツゥェイ) サイ -

上古音,中古音共に持衰(じすい,じさい) とは何と無く違う様な気も するが、敢えて どちらが近いかと言えば、中古音の ディ-シゥェィ の方で あろうか
片仮名で表記してしまうと音二,音三の方が近い様にも見えるが、実際には cuīツゥイ(ツゥェイ) に近い表音の筈なので、三世紀の漢語表音では一般的では無かったか
現時点では判断が難しいかも知れない

一応 私見を述べて おくと、倭人が持衰の事を じせい と発音していて それを魏使が ディシゥェィ と聞き取り、これに シゥェィ に対して漢語の中から関連性が ありそうな漢字で ある 衰字 を当てたのでは無いか、と考えている

若行者吉善 共顧其生口,財物 若有疾病 遭暴害 便欲殺之謂其持衰不謹
出真珠,青玉 其山有丹 其木有柟,杼,豫樟,楙櫪,投橿,烏號,楓香
其竹篠,簳,桃支 有薑,橘,椒,蘘荷 不知以爲滋味 有獮猴,黒雉
其俗舉事行來 有所云爲 輒灼骨而卜 以占吉凶 先告所卜 其辭如令龜法 視火坼占兆
其會同坐起 父子男女無別 人性嗜酒魏略曰 其俗不知正歳[註23]四節 但計春耕秋收爲年紀
見大人所敬 但搏手以當跪拜
其人壽考 或百年 或八,九十年
其俗 國大人皆四,五婦 下戸或二,三婦
婦人不淫 不妒忌
不盜竊 少諍訟 其犯法 輕者没其妻子 重者没其門戸及宗族
尊卑各有差序 足相臣服
収租賦有邸閣 國國有市交易有無 使大倭[註24]監之
自女王國以北 特置一大率 檢察諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史
王遣使詣京都,帶方郡 諸韓國及郡使倭國 皆臨津搜露 傳送文書,賜遺之物詣女王 不得差錯

註23:

歳字 は 嵗字 が正しいか
しかし影本画像を見るに旁の 少字 は 小字 に見えるので、厳密に言えば どちらでも無い

註24:

使大倭 が官号で 使大倭 之を監す と読むべきか、大倭 が官号で 大倭を使て 之を監せしむ と読むべきか


使,率 の表音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
使 音一 sïəg(シ ェ) ṣïei(シ ェィ) ṣï(シ) ṣï(シ) shǐ(シ イ) 該当する表音無し
使 音二 - - - - shì(シィ) - - -
音一 lɪət(リェッ) lɪĕt(リェッ) liu(リゥ) lü(ルゥ) lù(ルゥ) リチ リツ 該当する表音無し
音二 sïuət(シゥェッ) ṣïuĕt(シゥェッ) ṣui(シュィ) ṣuai(シュァィ) shuài(シュァィ) ソチ,シュチ ソツ ゐ(万葉集)[註25]
音三 sïuəd(シゥェッ) ṣïui(シゥィ) ṣuai(シュァィ) ṣuai(シュァィ) shuài(シュァィ) スイ スイ 該当する表音無し

註25:

ひき(ゐ)る と言う訓読み で使用されているので、厳密に言えば万葉仮名と言えるか どうか
敢えて言えば借訓の万葉仮名と言う事に なる

下戸與大人相逢道路 逡巡入草 傳辭説事 或蹲或跪 兩手據地 爲之恭敬對應聲曰 比如然諾

噫 の表音は倭語を聞いた上で同音の漢字を当てたものと思われるが、この字の発音は非常に難しい

噫字の発音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
音一 ・ɪəg(ィァ) ɪei(ィェイ) i(イ) i(イ) yī(イー) 該当する表音無し
音二 ・ĕg(ゥグッ) ʌi(アイ) ai(アイ) ai(アイ) ài(アイ) アイ 該当する表音無し
音三 - - - - yì(イ) オク ヨク -

学研新漢和大字典 にると、音一 は嘆息の擬音で 音二 はおくびの擬音との事で ある

いやいや、とても恭敬の時に発する音では無い
音一,音二 の どちらの上古音の発音に しても、上記の場面で使用される事は絶対に有り得ない
必然的に、中古音の どちらかの発音が使用されているものと解するほか無い

音二の ʌi で あれば現代日本語でも使用されている承諾の際の語 はい に通じるので、ʌi が正しい可能性が高い

其國本亦以男子爲王 住七,八十年 倭國亂 相攻伐歴年

国名等が表れないので、進める

乃共立一女子爲王 名曰卑彌呼 事鬼道 能惑衆 年已長大 無夫壻 有男弟 佐治國

卑弥呼 の中古音は ピミホ と読みたいが、当時の倭語ではハ行音が存在したか どうか
ピミフオ(ピミフォ)で あれば、良いかも知れない
或いは ピミヲ,ピミフヲ と言うのも ある様にも思える
いずれにしても 卑弥呼 の現代音は ヒミコ なので、中古音の系統を採用している事に なる

尚、ここで書いてもせんない事かも知れないが、卑弥呼 の正式名は 俾弥呼 と思われるので 卑弥呼 と 俾弥呼 は表音が異なる可能性も ある
【三國志】 卷四 魏志 三少帝紀 第四 齊王芳

(正始四年)(243年)冬十二月 倭國女王俾彌呼 遣使奉獻

と言う訳で、漢和大字典で 俾 字を調べて見た

俾字の発音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
音一 pieg(ピェ) piĕ(ピェ) pi(ピ) pi(ピ) bǐ(ビ イ) 該当する表音無し
音二 - - - - bì(ビィ) -
音三 pʻeg(ペ) pʻei(ペイ) pʻiəi(ピァィ) pʻi(ピ) pì(ピィ) ハイ ヘイ 該当する表音無し

俾字 は二系統の表音が あるので 卑字 と比較するのは微妙に難しい
片方の系統では現代音に若干の差違が あるが、上古音,中古音は全く同じで あった
ちなみに この後に表れる 卑弥弓呼 の名も、或いは 俾弥弓呼 で あったかも知れない

自爲王以來 少有見者 以婢千人自侍 唯有男子一人給飮食 傳辭出入
居處宮室樓觀 城柵嚴設 常有人持兵守衞
女王國東渡海千餘里 復有國 皆倭種

国名等が表れないので、進める

又有侏儒國在其南 人長三,四尺 去女王四千餘里
又有國,黒齒國 復在其東南 船行一年可至

侏儒国に裸国そして黒歯国は漢語で あろうが、一応 掲げておく

侏,儒,裸,黒,齒字の発音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- tiug(ティゥ) tʃɪu(シゥ) tʃɪu(シゥ) ṭṣu(ツゥ) zhū(ヂゥ) シュ 該当する表音無し
- niug(ニゥ) niu(rɪu)(ニゥ,リゥ) rɪu(リゥ) ru(ルゥ) rú(ルゥ) ニュウ ジュ ず(日本書紀:歌謡)
ぬ(日本書紀)
- luar(ルア) lua(ルア) luo(ルオ) luə(ルオ) luǒ(ルオォ) 該当する表音無し
音一 m̥ək(メク) hək(ヘク) həi(ヘイ) həi(ヘイ) hēi(ヘイ) コク コク 該当する表音無し
音二 m̥ək(メク) hək(ヘク) hə(ヘ) hə(ヘ) - - - -
齒(歯) - [註26]iag(トィァ) tʃʻɪrei(ツィレィ) ṭṣʻi(シィ) ṭṣʻi(シィ) chǐ(チィー) シ(万葉集)[註27]
は(古事記,日本書紀)[註28]
ば(万葉集)[註28]
よ乙類(万葉集)[註29]

註26:

この発音記号は 1979年に廃止された らしい


註27:

万葉仮名と見做して良いのか どうか


註28:

借訓の万葉仮名


註29:

かなり乱れた使用例で あり、これを万葉仮名と認めるには疑念が残る
私見では歌者もしくは録者の漢字知識が不充分で あるための誤用では ないか と考える

參問倭地 絶在海中洲㠀之上 或絶或連 周旋可五千餘里

国名等が表れないので、進める

景初二年 六月 倭女王遣大夫難升米等詣郡 求詣天子朝獻 太守劉夏遣吏將送詣京都

難,升,米字の発音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
難(難) 音一 nan(ナン) nan(ndan)(ナン,ダン) nan(ナン) nan(ナン) nàn(ナン) ナン ダン な(日本書紀,万葉集)
難(難) 音二 - - - - nán(ナン) ナン ダン -
難(難) 音三 - - - - nuó(ヌオ) -
- mer(メ) mei(mbei)(メイ,ベイ) miəi(ミィ) mi(ミ) mǐ(ミ ィ) マイ ベイ め乙類(日本書紀,古事記,万葉集)

難升米は なしめ と表音するのが一般的で あるが、流石に無理が あろう
第一字の 難字 は明らかに ナ では無い

其年 十二月 詔書報倭女王曰

制詔親魏倭王卑彌呼 帶方太守劉夏遣使送汝大夫難升米 次使都市牛利奉汝所獻 男生口四人 女生口六人 班布二匹二丈 以到 汝所在踰遠 乃遣使貢獻 是汝之忠孝 我甚哀汝 今以汝爲親魏倭王 假金印紫綬 裝封付帶方太守假授汝 其綏撫種人 勉爲孝順

汝來使難升米,牛利渉遠 道路勤勞

市,牛,利字の発音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- dhiəg(ディェ) ʒɪei(ジエィ) ṣï(シー) ṣï(シー) shì(シー) し(日本書紀,万葉集)
ち(日本書紀,古事記,万葉集)
- ŋɪog(ンギォ) ŋɪəu(ンギゥ) niəu(ニゥ) niəu(ニゥ) niú(ニゥ) ギュウ(ギウ) し(日本書紀)[註30]

註30:

八牛やつしと訓まれているので、やつうし→やつし と言う音便変遷を疑わざるを得ず、万葉仮名とは言えないか


都市牛利 の表音は としごり 若しくは としぎゅうり が一般的で あろうか
これも、中古音系統の表音を採用している事に なる

三国志では、既出の人名は姓を省略する事が多々あるのが、都市牛利 は牛利と省略されているので、或いは これは 都市 が姓で 牛利 が名で あるのかも知れない
もっとも、陳寿が姓と名で あると誤認しただけで、実は姓を持って いなかったと言う可能性も ある

今以難升米爲率善中郎將 牛利爲率善校尉 假銀印靑綬 引見勞賜遣還

今以絳地交龍錦五匹臣松之以爲 地應爲綈 漢文帝著皂衣 謂之戈綈是也 此字不體 非魏朝之失 則傳冩者誤也 絳地縐粟罽十張 蒨絳五十匹 紺青五十匹 荅汝所獻貢直

又特賜汝 紺地句文錦三匹 細班華罽五張 白絹五十匹 金八兩 五尺刀二口 銅鏡百枚 真珠,鉛丹各五十斤
皆裝封付難升米,牛利還到録受 悉可以示汝國中人 使知國家哀汝 故鄭重賜汝好物也

正始元年 太守弓遵遣建中校尉梯儁等 奉詔書,印綬詣倭國 拜假倭王 并齎詔 賜金,帛,錦罽,刀,鏡,采物
倭王因使上表荅謝恩詔

国名等が表れないので、進める

其四年 倭王復遣使大夫伊聲耆,掖邪拘等八人 上獻生口,倭錦,絳靑縑,緜衣,帛布,丹木,𤝔,短弓矢
掖邪狗等壹拜率善中郎將印綬

聲,耆,掖字の発音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
聲(声) - thieŋ(シェン) ʃɪɛŋ(シェン) ʃɪəŋ(シァン) ṣəŋ(シァン) shēng(シァン) ショウ(シヤウ) セイ と乙類(万葉集)[註31]
な(日本書紀)[註32]
ね(日本書紀)[註33]
音一 gier(ギェ) gii(ギィ) kʻi(キィ) kʻs̆i(キィ) qí(チィー) き甲類(日本書紀)
ぎ類(日本書紀)
音二 dhier(ディェ) ʒɪi(ジィ) ṣï(シィ) ṣï(シィ) shì(シィ) 該当する表音無し
音三 - - - - zhǐ(ヂ ィ) - - 該当する表音無し
- d̩iak(ディァック) yiɛk(ィェック) iəi(イィ) i(イ) yè(イエ) ヤク エキ 該当する表音無し

註31:

何故 と乙類 として訓まれているのか、私には分からぬ


註32:

借訓の万葉仮名か


註33:

借訓の万葉仮名


掖邪拘と掖邪狗は微妙に表音が異なる
偏が異なるだけの通字で あろうと思うが、いずれが正しいのかは現状では判じ得ない

其六年 詔賜倭難升米黃幢 付郡假授
其八年 太守王頎到官
倭女王卑彌呼狗奴國男王卑彌弓呼素不和 遣倭載斯烏越等詣郡 説相攻擊狀

弓,載,越字の発音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
- kɪuəŋ(キゥン) kɪuŋ(キゥン) kɪoŋ(キォン) kuəŋ(クォン) gōng(ゴォン) ク・クウ キュウ(キウ) ゆ(日本書紀,古事記,万葉集)[註34]
音一 tsəg(ツァ) tsəi(ツァィ) tsai(ツァィ) tsai(ツァィ) zài(ヅァィ) ザイ・サイ サイ 該当する表音無し
音二 - - - - zăi(ヅァ ィ) サイ サイ -
- ɦɪuăt(ウィゥァッ) ɦɪuʌt(ウィゥァッ) iue(イゥェ) üe(ウェ) yuè(ユェ) オチ(ヲチ)・エチ(ヱチ) エツ(ヱツ) を(万葉集)

註34:

借訓の万葉仮名

遣塞曹掾史張政等因齎詔書,黄憧 拜假難升米爲檄告喻之
卑彌呼以死 大作冢 徑百餘歩 徇葬者奴婢百餘人
更立男王 國中不服 更相誅殺 當時殺千餘人

国名等が表れないので、進める

復立卑彌呼宗女壹與 年十三爲王 國中遂定
政等以檄告喻壹與
壹與遣倭大夫率善中郎將掖邪狗等二十人送政等還 因詣臺獻上男女生口三十人 貢白珠五千孔,靑大句珠二枚,異文雜錦二十匹

與字の発音
字音候補 上古音 中古音 中世音 現代音 拼音 呉音 漢音 万葉仮名
與(与) 音一 ɦiag(ɦio)(ィァ,ィォ) (ɦio)yio(ィォ,ィョ) iu(ィゥ) ü(ュゥ) yǔ(ュ ィ) こ乙類(万葉集)[註35]
と乙類(日本書紀,古事記,万葉集)[註36]
よ乙類(日本書紀,古事記,万葉集)
與(与) 音二 - - - - yú(ュィ) - - -
與(与) 音三 - - - - yù(イィ) - - -

註35:

かなり特殊な用例に思える


註36:

借訓の万葉仮名


壱与 が イヤ と なって しまうと もう誰の事か分からなくなって しまう
これは誰が どう考えも イヨ で あろう



3. 上古音か中古音か


.1 統計結果


上記、表音を挙げた国名,官名,人名類は、合計で 36例ある

これらを現在の表音と照らし合わせ、有力と思われる表音が上古音と中古音の いずれに近いかを分類して見よう
統計結果は以下の通りで ある


1) 上古音に近い表音


私見では、以下の三例は上古音の方が近いと思えるが、どうか

魏志倭人伝の表音 - 上古音に近い表音
名称 上古音 中古音 一般的な日本語表音
対海国 tuəd-m̩əg(トゥァドュマ) tuəi-həi(トゥァィハイ) つしま国/タイカイ国
対馬国 tuəd-măg(トゥァマァ) tuəi-mă(mbă)(トゥァィマァ) つしま国
一大国 ・iet-dar(dad)(イッダッ) iĕt-da(dai)(イッダイ) イキ国/イチダイ国
一支国 ・iet-kieg(イッキェ) iĕt-tʃɪĕ(イッシェ,イッチェ) イキ国
末盧国 muat-hlag(ムァトゥラ) muat(mbuat)-lo(hlo)(ムァトゥロ) マツロ国

対海国は上古音の方が近いと思うが、対馬国の場合は どちらとも言い難い
一大国は一支国で あったとしても、上古音に近い


2) 中古音に近い表音


以下の六例は中古音に分類するのが是で あると思うが、どうか

魏志倭人伝の表音 - 中古音に近い表音
名称 上古音 中古音 一般的な日本語表音
伊都国 ・iə[breve]r-tag(イタ) ɪi-to(ィィト) イト国
狗古智卑狗 kug-kag-tɪeg-pieg-kug(クカティピク) kəu-ko-ṭɪĕ-piĕ-kəu(コゥコティピコゥ) くこちひく,ここちひこ
卑弥呼 pieg-miĕr-hag(ピェミェハ) piĕ-miĕ-ho(ピェミェホ) ひみこ
都市牛利 tag-dhiəg-ŋɪog-lɪed(タディェンギォリェ) to-zɪei-ŋɪəu-lɪi(トジエィンギゥリィ) としごり/トシギュウリ
卑弥弓呼 pieg-miĕr-kɪuəŋ-hag(ピェミェキゥンハ) piĕ-miĕ-kɪuŋ-ho(ピェミェキゥンホ) ひみくこ,ひみここ,ひみきゅうこ
壱与 ・iet-ɦiag(ɦio)(イッヤ/イッヨ) iĕt-(ɦio)yio(イッヨ/イッヲ) いよ

特に伊都国と都市牛利、そして壱与は明らかに中古音で ある


3) 上古音と中古音が ほぼ同じ表音


以下は上古音と中古音を比べても、ほぼ同じ表音で差違が余り無い語である

4) どちらに属するか判別しにくい表音


以下の 26例は両者に有意ゆういな差違が見受けられないか、若しくは差違が あっても どちらが妥当が現時点で判断を下しにくい もので ある
一応、狗奴国は判別不明と見做みなしたが、人名の卑弥弓呼と官名の狗古智卑狗が共に中古音で ある以上、国名も中古音で ある可能性が高い
狗奴国が中古音で あれば、必然的に奴国も中古音と言う事に なるかと思う

魏志倭人伝の表音 - どちらに属するか判別しにくい表音
名称 上古音 中古音 一般的な日本語表音
不弥国 pɪuət-miĕr(プミェ) pɪuət-miĕ(プミェ) フミ国
投馬国 dug-măg(ドゥマ) dəu-mă(mbă)(ドゥマ) トウマ国
弥弥 miĕr-miĕr(ミェミェ) miĕ-miĕ(ミェミェ) みみ
弥弥那利 miĕr-miĕr-nar-lɪed(ミェミェナリ) miĕ-miĕ-na((nda))-lɪi(ミェミェナリィ) みみなり
邪馬壱国 ŋiăg-măg-・iet(ンィァマイッ) (yiă)ziă-mă(mbă)-iĕt(ィァマイッ/ジィァマイッ) ヤマタイ国/ヤマイチ国
伊声耆 ・iər-thieŋ-gier(イシェンギェ) ɪi-ʃɪɛŋ-gii(ィィションギィ) イセイキ
魏志倭人伝の表音 - どちらに属するか判別しにくい表音
名称 上古音 中古音 一般的な日本語表音
・uar(ゥァ) ・ua(ゥァ)
狗邪韓国 kug-ŋiăg(yiă)-ɦan(クンィァゥァン) kəu-(yiă)ziă-ɦan(コゥィァゥァン/コゥジィァゥァン/) コヤカン国
卑狗 pieg-kug(ピェク) piĕ-kəu(ピェコゥ) ひこ
卑奴母離 pieg-nag-muəg-lɪar(ピェナムァリァ) piĕ-no(ndo)-məu(mbəu)-lɪĕ(ピェノモリェ) ひなもり
爾支 nier-kieg(ニェキェ) niĕ(riĕ)-tʃɪĕ(ニェシェ,ニェチェ) にき/にし
𣳘謨觚 siat-mag-kuag(シァマクァ) siɛt-mo(mbo)-ko(シェモコ) せもこ?
柄渠觚 pɪăŋ-gɪag-kuag(ピァンギァクァ) pɪʌŋ-gɪo-ko(ピァンギォコ) へここ?
奴国 nag(ナ) no(ndo)(ノ) ナ国/ヌ国
兕馬觚 ?-măg-kuag(?マクァ) zii-mă(mbă)-ko(ジィマコ) しまこ
多模 tar-mag(タマ) ta-mo(mbo)(タモ) タモ
伊支馬 ・iər-kieg-măg(イキェマ) ɪi-tʃɪĕ-mă(mbă)(ィィシェマ,ィィチェマ) いしま
弥馬升 miĕr-măg-thiəŋ(ミェマション) miĕ-mă(mbă)-ʃɪəŋ(ミェマション) みましょう
弥馬獲支 miĕr-măg-ɦuăk-kieg(ミェマゥァッキェ) miĕ-mă(mbă)-ɦuɛk-tʃɪĕ(ミェマゥェシェ,ミェマゥェチェ) みまかくき
奴佳鞮 nag-keg-?(ナケ?) no(ndo)-kai-?(ノカイ?) なかてい
狗奴国 kug-nag(クナ) kəu-no(ndo)(コゥノ) クナ国
持衰 dɪəg-sïuər(ディシゥァ) ḍɪei-ṣïuei(ディシゥェィ) ジスイ
・ɪəg(ィァ) ʌi(アイ) はい
難升米 nan-thiəŋ-mer(ナンシァンメ) nan(ndan)-ʃɪəŋ-mei(mbei)(ナンシァンメイ) なしめ/ナンショウマイ
掖邪拘 diak-ŋiăg-kɪug(ディァッキンィァキゥ) yiɛk-(yiă)ziă-kɪu(ィェッジィァキゥ/ィェッキィァキゥ) エキヤコ
掖邪狗 diak-ŋiăg-kug(ディァッキンィァク) yiɛk-(yiă)ziă-kəu(ィェッジィァク/ィェッキィァコゥ) エキヤコ
載斯烏越 tsəg-sieg-・ag-ɦuɪat(ツァシワウィァッ) tsəi-sie-・o-ɦɪuʌt(ツァィシォヲッ) サイシウエツ?


.2 魏志倭人伝は中古音で書かれている


魏志倭人伝の表音は、上古音と中古音が それぞれ採用されている様に見受けられる
そして分類数量の面から言えば、上古音よりも中古音が多くなっている事が読み取れる

となれば、魏志倭人伝は中古音で読んだ方が正解で ある確率が高いと言う事に なる

恐らく これは、上古音が未だ遺存しつつも徐々に中古音に取って代わる過程で あろうと言う推論が妥当で あろうと思われる

そして それは同時に、魏晋朝の漢語が上古音から中古音に変遷する過渡期に あったものと考えるべきで あろう

公開 : 2014年9月2日
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