と言うもので ある倭語では母音が連続する事は無いので、邪馬臺をヤマタイと発音する事は絶対に有り得ない
私が上記 Webサイトを拝読した上での理解としては、"弥生期倭語と奈良朝倭語では言語として差違が あるのでは ないか" と提唱されているものと受け取った魏志倭人伝に出てくる伊都国の副官の名前に「泄謨觚」と「柄渠觚」があります。本稿では、この二つ目の名称、「柄渠觚」、の「非・日本語性」を指摘してみたいと思います。
時代が下りますが奈良朝時代の日本語には母音が8個あって、ゆるやかながら、ある種の母音は別種の母音と仲が良かったり、悪かったりします。つまり単語を構成するのに際し、ある種の音はある種の他の音と共存しないのです。これらの種類は便宜上、甲類と乙類に分類されています。
「柄渠觚」:
つまり、この名前の甲乙の分布は、「甲・乙・甲」となります。
なんで、こんな作業をしたかと言いますと、有坂秀世の研究に「甲類のオ列音と乙類のオ列音は、同一結合単位内に共存することがない」と言う法則があり、それに照らして見たかったからです。「セモコ」はまぁ、この法則に合格しますが、「ヘココ(?)」の方は法則に合いません。
「ヘココ(?)」が有坂法則に合わない、ということは何を意味するのでしょうか。
有坂の研究は、記紀・万葉(及びその前後?)の範囲であって、魏志倭人伝までカバーするものではない、からでしょうか。
ま、彼の研究が記紀・万葉の範囲であった、のかも知れませんが、それならそれで、なぜ魏志倭人伝まで拡張応用できないのでしょうか。
奈良時代の日本語と魏志倭人伝が伝える時代の伊都国で行われていた言語が違っていたから、法則に合わないのではないでしょうか。
魏志倭人伝の「倭人語」は日本語である、という説を散見しますが、この小論によって「ちょっと待てよ」と考えてくださる方が出れば幸せです。
と言う主張が確実に成立するもので あるのか どうか、改めて精査検討する余地が あるのでは無いかと思われる倭語では母音が連続する事は無いので、邪馬臺をヤマタイと発音する事は絶対に有り得ない
From: "taketomi yutaka"うわぁ、HTMLメールだぁSubject: 「倭語に連母音(母音連続) は有り得ないのか」で、少し疑問があります。
Date: Wed, 28 Jun 2017 19:32:39 +0900
Content-Type: multipart/alternative; boundary="----=_NextPart_000_0007_01D2F045.501E7A30"
X-Mailer: Microsoft Outlook 15.0
蒲生新田の庭先考察 さま
「倭語に連母音(母音連続) は有り得ないのか」で、少し疑問があります。
確か、アイヌ語のカムイは、倭語の神(kami←kamui←kaku+i)からの借用語との説があり、ある時期、倭語に連母音(母音連続) は有ったと思われますが時期が解かりません。
また、ここを見た目ですが、
「邪馬臺」を「ヤマタイ」とすると、文字が3文字で音が4音の違いに違和感があります。
これに対する反論が、何とも酷いもの で あったtaketomi yutaka さま
蒲生新田です。
メールいただきまして ありがとうございます。
ただ、持衰 や 杭、櫂 と言った語は三世紀の倭国にも あった筈なので、
有坂法則は必ずしも三世紀には適用されない と考えて おります。
>また、ここを見た目ですが、
>
>「邪馬臺」を「ヤマタイ」とすると、文字が3文字で音が4音の違いに
>違和感があります。
これに ついては格好の反論が あります。
末盧国、あなたは どう読みますか?
From: "taketomi yutaka"末盧国を まらこく と主張するとは、どうも頭が少し異常で ある らしい
Subject: RE: 「倭語に連母音(母音連続) は有り得ないのか」で、少し疑問があります。
Date: Fri, 7 Jul 2017 14:50:
1. 末盧国の読みですが。
一般的には、「まつらこく」又は、「まつろこく」のようですが、
魏志倭人伝の国名は、一文字、一音が、大部分だと思います。
一文字、二音が少しあるようです。
末盧国は、古事紀等に「末羅」、万葉集に、「麻都良」「麻津良」「松浦まつら」があるので、「まつら」と読んでいるものと思われます。
ただし「盧」が「ら」と読めないので、「まつろ」と読んでいるものと思われます。
「末」の呉音は、マツ 漢音は、バツ
「盧」の呉音は、ル 漢音は、ロ
ですが、奴国の奴を上古音のナと読んでいますので、
「盧」も、上古音のラと読むのが妥当ではないかと思います。
基本通りに、読めば、末盧国は、「まらこく」ではないかと思います。
2. 持衰、杭、櫂を考えてみました。
(1) 持衰「じさい」は、倭国の習慣のようです。
しかし
「持」の呉音は、ジ 漢音は、チ
「衰」の呉音は、シ、スイ、セ 漢音は、サイ、シ、スイ
「じさい」では、漢音があり、隋以降の音となるようです。
(2)杭「くい」の古音は、「くひ」のようです。
(3)櫂「かい」は、万葉集2052の此夕 零来雨者 男星之 早滂船之 賀伊乃散鴨の「賀伊」などは、極めて少ない転音の例外で、櫂は、「掻き」のイ穏便だそうです。他に、助詞の「イ」があるそうですが、古くは、喉頭破裂した、喉頭化母音だそうです。たぶん、普通の「イ」と少し音が違っていたので、連母音として残ったのではないでしょうか。また、「kai」の「ai」は、上代特殊仮名遣いで「乙類のe」になってしまうはずで、少し音が違っていたから「ai」のままなのではないでしょうか。
しつこく反論が来る武富さま
ご返信いただきまして ありがとうございます。
蒲生新田です。
こちらの意が伝わらないのか、それとも御説の誤謬を認めたくないのか は
分かりませんが…
恐らくは見当違いの事を考えて おいで の ように思われます。
末盧国の漢語 上古音は明らかに マツラ なので、松浦半島を指しています。
末盧国は まらこく では あり得ず、確実に マツラ と発音します。
他にも、
狗邪韓國
對海(對馬)國
已百支國
好古都國
對蘇國
呼邑國
躬臣國
どう発音するのか微妙な国名も ありますが、順当に見て
一字一音 なる法則性は "無い" と考えて良いか と思われます。
つまり、邪馬臺を ヤマタイ(ヤマダイ) と読むのに何等支障は ありません。
倭国の習慣か どうかは どうでも良いですので…
持衰 が じさい で あるならば 邪馬臺は ヤマタイ(ヤマダイ) で構わない
と言う事に なります。
明らかに言える事は、有坂法則(連母音法則)に則らない事例が存在している
事が判明していると言う事です。
と言う訳で、まずは呉音漢音の自縄自縛から離れませんと、
魏志倭人伝は読めないと思いますよ。
From: "taketomi yutaka"やたら行数が多い割には空行が多く、内容が薄い か何を言いたいのか良く分からない
Subject: 少し考えてみました。
Date: Tue, 1 Aug 2017 22:23:37 +0900
少し考えてみました。
1.一字一音にこだわってみました。
少し考えすぎかもしれませんが、可能性はあると思います。
(1)万葉仮名に、少しですが、一字二音の字があります。
セに西が808中24例あるそうです。
西の呉音はサイ漢音はセイ
ツに追が1267中106例あるそうです。
追の呉音はツイ漢音はツイ
(2)一字一音ではありませんが、大阪のナニワを難波と書きますが、漢字の音からナンバと言われています。
つまり、音に一音一字で漢字を当てたのが、後に一字二音の漢字音で言われるようになることがあるのではと思います。
(3)通説で一字二音は、比定地がある所だけではないでしょうか。
諸説あるのでしょうが、ネットで調べたものと感想です。
狗邪韓國 クヤカンコク 韓国の連想か?
對海(對馬)國 ツシマコク 対馬
已百支國 イワキコク
好古都國 ココツコク
對蘇國 ツソコク
呼邑國 コユコク
躬臣國 クスコク ンは平安時代から使われるので、キウシンコクはあり得ない。
朝鮮の狗邪韓國は別とすると、對海(對馬)國だけになります。對は、呉音漢音ともタイですが、上古音の諸説うちtuəiからツ、海は、上手く説明できませんが「対海国の海字表音は マ」の結論のマで良いと思います。すると、ツマコクとなり、島をツマシマと言っていたのが、ツシマとなったのではないかと思います。対馬島、対馬とも、ツシマと言われるようです。
2.日本の漢音を考えてみました。
(1)日本の漢音は、隋・唐の都であった長安の音とされている。
遣隋使・遣唐使が持ち帰ったので7~8世紀の音とされている。
北方の音でも、音韻変化があり、魏の時代とは違うのでは、もっとも、呉音も違うのでしょうが。
(2)例えば、馬の呉音は、メ、マ 漢音は、バ 中国現代音は、ma で、漢音が現代音と違うからといって古い音とは思えません。むしろ、特異な音なのではないでしょうか。
3.倭語に連母音(母音連続)は有り得ないかを考えてみました。(私の関心事です)
(1)持衰ですが、「倭国の習慣か どうかは どうでも良い」ことではなく、御説には有利なことです。
それは、倭語であることが大前提だからです。
持衰は、ネットで検索してもあまりでてきませんが、東アジア民族史1(平凡社)に、
ジスイと読めば、災害を一身にひきうける者の意味である。
ジサイと読めば、喪に服している人の意味で、災害を避ける祈りを行なう人をいう。
とあります。
通説では、ジサイ、御説では、ジスイと読まれているようですが、サイは、漢音なので本来有り得ませんが、どちらにしても、漢字の意味からきているようなので、漢語と思われます。
少しあるネットに、東南アジアに似たような習慣があるとあります。中国では、知っていた習慣だったのだと思います。
ちなみに、倭語の語頭には、濁音はない(あるサイトによると濁音はあったのが渡来人が来てからなくなった)ので、持は、ヂでは、なくチと読むとしているサイトがあります。
(2)邪馬臺(ヤマタイ・ヤマダイ)國と読んだのでは、音からの比定地はありせんので、読み方が間違っていることになります。
それでも武富さま
メールいただきまして ありがとうございます。
蒲生新田です。
>(1)万葉仮名に、少しですが、一字二音の字があります。
>
>セに西が808中24例あるそうです。
>西の呉音はサイ漢音はセイ
>ツに追が1267中106例あるそうです。
>追の呉音はツイ漢音はツイ
三世紀に万葉仮名は ありませんので、追求しても信憑性を伴う論説には
ならないか と思います。
> (2)一字一音ではありませんが、大阪のナニワを難波と書きますが、漢字の音からナンバと言われています。
>
>つまり、音に一音一字で漢字を当てたのが、後に一字二音の漢字音で言われるようになることがあるのではと思います。
難波(浪速) の出典は以下と なる ようです。
古事記 中卷 神武記なみはや が ナニワ に変遷したので あって、元々から一字二音でした。
故從其國上行之時經浪速(なみはや)之渡而 泊青雲之白肩津
他にも由来説は あるようですが、いずれにせよ一字一音とは
何の関係も無いと思います。
> (3)通説で一字二音は、比定地がある所だけではないでしょうか。
>
> 諸説あるのでしょうが、ネットで調べたものと感想です。
> 狗邪韓國 クヤカンコク 韓国の連想か?
>對海(對馬)國 ツシマコク 対馬
>已百支國 イワキコク
>好古都國 ココツコク
>對蘇國 ツソコク
>呼邑國 コユコク
>
>對は、呉音漢音ともタイですが、上古音の諸説うちtuəiからツ、
>海は、上手く説明できませんが「対海国の海字表音は マ」の結論のマで良いと思います。
>すると、ツマコクとなり、島をツマシマと言っていたのが、ツシマとなったのではないかと思います。
>対馬島、対馬とも、ツシマと言われるようです。
tuəi は トゥァィ と発音するのでは ないでしょうか。
そして tuəi は上古音では なく中古音かと思われます。
充分に理解せずに Web で読み齧った程度の事を書いても、
底が浅い事が露呈して しまいますよ。
少なくとも ツマコク は あり得ません。
また、今までにも書いて おりますが、呉音漢音そして万葉仮名の呪縛から
解き放たれた方が良いと思います。
どうも理解して いないのか、それとも理解したくなくて現実逃避を
行っているのか は分かりませんが、三世紀には呉音も漢音も ありません。
あるのは漢語としての発音のみです。
よって、私が挙げた国名を漢語で発音するべきでしょう。
そうすれば、
>對海(對馬)國だけになります。
とは ならない でしょう。
もっと現実を見てください。
なお、
> 朝鮮の狗邪韓國は別とすると、
別とする意味が分かりません。
都合が悪いので除外したい、と言う事でしょうか。
狗邪韓國は漢語 上古音で クヤワン と発音します。
ついで言えば、
>躬臣國 クスコク ンは平安時代から使われるので、キウシンコクはあり得ない。
Webページの どこかに書いている筈ですが、三世紀の倭語は言語としては
未だ未完成で あり、漢語+韓語+弥生倭語 の混成言語で あったと
考えて おります。
当時は撥音が使用されていて その後 奈良時代や古墳時代に日本語として
完成した時点で消失したと言う余地も考慮に入れるべき でしょう。
もし クスコク が正しい ので あれば魏使は 躬臣國 ではなく
一字一音で当てられる別の漢字を当てたのでは ないでしょうか。
例えば 狗素国 など は いかがでしょうか。
躬臣國 と書かれている以上、キウシンコク も候補として想定するべきで
ありましょう。
ちなみに 臣字 は漢語 上古音では ギン と発音しますので、
明らかに クスコク は あり得ません。
魏志 韓傳 には 臣濆沽國 と言う国が登場しますが、あなたは どう読みますか?
>2.日本の漢音を考えてみました。
>
>(2)例えば、馬の呉音は、メ、マ 漢音は、バ 中国現代音は、ma で、漢音が現代音と違うからといって古い音とは思えません。
>むしろ、特異な音なのではないでしょうか。
馬字 の中古音は mba なので、厳密には ムブァ と なります。
これを ある日本人は マ と発音し また別の日本人が バ と
発音した だけ の事です。
そして中国人も これは発音しにくいと感じて、その後 マ に変遷します。
中国語の発音変遷を追跡すれば充分 理解出来るように なります。
(と言うか理解してください)
>3.倭語に連母音(母音連続)は有り得ないかを考えてみました。(私の関心事です)
>
>(1)持衰ですが、「倭国の習慣か どうかは どうでも良い」ことではなく、御説には有利なことです。
>
> それは、倭語であることが大前提だからです。
> 持衰は、ネットで検索してもあまりでてきませんが、東アジア民族史1(平凡社)に、
> ジスイと読めば、災害を一身にひきうける者の意味である。
> ジサイと読めば、喪に服している人の意味で、災害を避ける祈りを行なう人をいう。
> とあります。
> 通説では、ジサイ、御説では、ジスイと読まれているようですが、サイは、漢音なので本来有り得ませんが、どちらにしても、漢字の意味からきているようなので、漢語と思われます。
> 少しあるネットに、東南アジアに似たような習慣があるとあります。中国では、知っていた習慣だったのだと思います。
> ちなみに、倭語の語頭には、濁音はない(あるサイトによると濁音はあったのが渡来人が来てからなくなった)ので、持は、ヂでは、なくチと読むとしているサイトがあります。
脇道に逸れていて私には どうでも良い事なのです。
だから以前のメールで "倭国の習慣か どうかは どうでも良い" と書きました。
ジサイ でも ジスイ でも チサイ でも チスイ でも何でも良いのですが、
重要な事は母音が連続していても音便化していない と言う事です。
それ以外の蘊蓄は本当に どうでも良いのです。
これにより、邪馬臺を やまたい,やまだい と読む事に支障は無い
と言う事が分かります。
>(2)邪馬臺(ヤマタイ・ヤマダイ)國と読んだのでは、音からの比定地はありせんので、読み方が間違っていることになります。
いいえ、考え方が完全に逆立ち を して います。
古来より消滅した国は地名も消されてしまう事が あります。
物事を論理的に考える事を強く お勧め いたします。
From: "taketomi yutaka"言われた事には返信するのが私の方針なので、再度 返信する
Subject: 判りにくくてすみません。
Date: Thu, 3 Aug 2017 13:41:23 +0900
(1)持衰は、どう考えても、漢語だと思います。
(2)朝鮮の狗邪韓國は別は、倭語の話には、韓語は、入り込む余地はないと思います。
(3)末盧国は、古事紀等に「末羅」、万葉集に、「麻都良」「麻津良」「松浦まつら」から「まつうら」に変わっているのは、確実のようです。始まりは、「まら」とする一つの邪説です。
>(1)持衰は、どう考えても、漢語だと思います。この後、遂に返信は来なくなった
自論を いだかれるのは良いのだとは思いますが、他者に訴える際には
他者を納得させるに足る客観的な根拠を示さなければ ならないのだと、
少なくとも私は考えております。
それで、持衰 は中国の文献に登場するもの なのでしょうか。
もし倭人伝以外の文献に現われないので あれば、倭人が話した言葉を
魏使が聞き取って漢字を当てたと考えるのが妥当です。
>(2)朝鮮の狗邪韓國は別は、倭語の話には、韓語は、入り込む余地はないと思います。
魏志 は 倭人伝 のみ収録されているのでは ありません。
この考え方は、
「自身に都合が良い事のみ取り上げる。自論に都合が悪い事には目を つぶる」
と言う考え以外の何物でも ありません。
魏の役人に とっては倭語も韓語も匈奴語も鮮卑語も関係無く、
現地語で話している内容を聞き取って漢字を当てている だけ です。
例えば東夷伝を読むだけでも以下のように幾らでも出て来ます。
歩度根
冒頓
東明
東盟
伯固
置溝婁
これ等を見れば一字一音の原則は絶対に あり得ない と言う事は
高校生でも分かります。
ならば次は倭人伝だけが特別で あると主張しますか?
そうすると何故 魏使は倭人伝だけ他と違う書き方を しているのかを
説明する挙証責任が生じる事に なります。
>(3)末盧国は、古事紀等に「末羅」、万葉集に、「麻都良」「麻津良」「松浦まつ
>ら」から「まつうら」に変わっているのは、確実のようです。始まりは、「まら」と
>する一つの邪説です。
根拠の無い事を繰り返すのは独り善がり の主張としか見做されなく
なりますので、止めた方が良いですよ。