# 現在は もう この URI は消失してしまっている…
# ISP を替えたのか、それとも自説の錯誤を
いやはや、率直に言って馬鹿丸出し論法で、失礼ながら笑って しまったさて「邪馬台国」ですが
江戸時代までは「ヤマト国」の所在が、九州か機内かを論じられていました。
「ヤマタイ国」の呼び名が出てきたのはそれ以降です。
江戸時代・スタンダードではありません。
だって、この字(台)は「タイ」でしょ?とおっしゃる方、
大勢の人が社会科(日本史)の教科書で、違う読み方を見ているはずです。
それも、邪馬台国の記述で!!
「・・・卑弥呼の死後、娘[註1]の壱予[註2](台予)[註3](イヨ(トヨ))が後を継いで
女王となった。」
これが「邪馬台国」は「ヤマト国」と読むことの証拠です。
と主張したいものと読み取ったので あるが、どうで あろうか台予はトヨと読むので、邪馬台国はヤマト国が正しい
註1:
娘字 原文ママ
恐らくは 魏志倭人伝 に ある原文 "卑弥呼宗女壱与" を卑弥呼の娘 壱与と誤認したものと思われる
註2:
予字 原文ママ
恐らくは 魏志倭人伝 に ある原文 "壱与(壹與)" の誤と思われる
註3:
台予字 原文ママ
恐らくは 粱書 諸夷伝 に ある原文 "臺与(臺與)" の誤と思われる
1) 邪馬臺がヤマトで ある事は明らかで ある
2) よって、臺はトで あり、臺与も また タイヨ では無くトヨに違いない
と言っているからで ある
さて これを踏まえると、当該 Weページ(邪馬台国はヤマト国) の主張で ある、
と言うものは、完全に論法が循環している事が分かる台予はトヨと読むので、邪馬台国はヤマト国が正しい